FC2ブログ
08.05
Sun
また教育論を書かないといけませんね。
筆が進まずすみません。一番身近な人が良くなってくれるのが一番の楽しみで癒しですから。
大衆に向けての療育と個人情報暴露は後回しになってしまいます。
ファンも多いことでしょうからね (多くねえし!)


やらないから、できない。
色んな意味で使うと思うのですが。

色んな意味で、やってもできる人と中々できない人、居ますよ。
まずはそれを認めるんです。 認めるとは諦めることとは違います。

「人」 と書いた意味はわかりますか? 
子どもって伸びしろが大きいんです。しかし大人に近づくにつれて、習得には時間がかかります。

本人が変えたいと思わない限り、または命の危機でもない限り、できるようにはなりません。

例えば同じ勉強をしても、60分やって100点が取れる子、180分やって100点が取れる子など、色々いるんです。
そしてその種類が決定するのは、親の遺伝というよりも、幼児期の育ちが大きく左右すると思っています。



今日も懇談で先生方とお話しした中で、「目的がないと頑張れない云々」
という話題になりました。

危機と同じようなことですね。

疲れたので近いうち続きを書いていきますね。



2


家庭によって色々考えはありますね。

大学に行ってほしくないから、勉強って嫌だよね。
と刷り込むおうちもあるでしょうし、子どものお給料を早々にあてにしているおうちもあることでしょう。
子どもが親を養って当たり前というおうちもあるかもしれません。


または、○○さえできていれば良い。とか、スポーツオンリーでOKとかのおうちもあるでしょう。

個人の自由を逆手にとって、平気で平日に休み、家族旅行にいくというおうちもあるでしょう。

子どもを尊重することなく、自分と同等に良いと言われる高校大学に、意地でも入ってほしい、体裁が気になるおうちもあることでしょう。


テストの点数をあげたい家ばかりではないということですが、このブログにたどり着いている方は上記のような家庭ではないでしょうからね。




3



まず、「強要しない」 ということです。

子育てにおいては、「寛容になる」 ということです。


当たり前ですが色んな人がいますよね。


行動がのんびりしている人。
せっかちな人。

幼児期であれば集団に適応するように、また可能な限りIQをあげることも可能ですが、年齢が上がれば上がるほど、固まった嗜好やIQは変えることは難しいです。


「100円の鉛筆」 を、高い。 と思う人が居れば、安い。 と思う人もいます。
「3000円の注射」 もそうですね。3000円で楽になれば安い。 と思う人と、 ちょっと気軽に出せないな。と思う人。
今○○が食べれなくても、◇◇すればいつかは食べられるようになるよ。と、統計や経験も乏しい根性論。

それをいちいち自分の価値観だけで、自分以外の人に強要しない。ということです。
ただし、幼児期でしたら可能ですが。

根性論だけではできるようになりませんよ。

外遊びと、規則正しい生活、TVやスマホの動画をほぼ見ない幼児期の生活、可能な限りの長期母乳育児(母乳80%以上) をしている上での根性論と教育を工夫していけばできますが。

夏の海にも行けないようでは、無理ですけどね。


強要するとどうなるかと言いますと、お分かりのように、
友人が減り、周りの人と信頼関係も築けません。そして子どもに対してそうすると、信頼されないですし同じように友人が少ない子どもに成長します。


会社での繋がりがある時期だけ、皆にペコペコされていざやめると、一斉に知らん顔。という寂しい予後です。




4


前回は価値観のことを書きました。よく、 「価値観の違い」 と言いますよね。当然離婚の条件になることでもありますし、友人が離れていく原因にもなります。
自分だけの価値を押し付けることは間違いですので。


また、”人” からどう見られているか。ということも人生で重要なことかなと思います。

「くさそう」
「キモイ」
「さわやか」
「優しい」
「変な顔」
「愛嬌のある顔」

人の目ばかり気にして生活することではないです。
しかし、身だしなみを整えることは、見栄を張る事ではないですよね。






次男の音楽隊の一コマ。
24時間全てをつぎ込むのも、どうかな?と私は思っています。
両立どころか、四立ほどでやり切ることはもちろんなのですが。
送迎の際も、皆も遠くから通っているようですが、本人がテスト期間であったり、薫陶を立派に受けてきて疲労もたまっている状態で、高速道路を使わずに時間をかけて下道・・・とか、電車で行き来ということは私はできません。



車では自分だけの、行く道とか帰り道とか、他の兄弟も遊びに行くついで…とかでしたら急いで移動する必要もありませんが。
かといって何時間も車中に居るだけでは、自分のアクセサリー状態になってしまうので、 ”子どもの人権” を常に考えています。

時間帯によって交通量も違いますしね。電車だとやはり2時間ほどかかってしまいますし。

今はまだ中1ですから、勉強量も少ないですし、若いですし(笑) そんなに疲れるほどでもないかなと思っていますが、 「心労」 を掛けないようにと常々思っています。

今までなかった世界に入ることができて、楽しいようです。
ちなみにお祭りの際のパレードは、 

「今回は○○、◇◇、~~の曲ねーー」
「はーい」

の一声で終わりなようです すげえ。

もう曲は頭に入っているようです。

今は9月の大会の練習をしているそうです。


またまとめながら書いていきますね。



comment 0 trackback 0
02.26
Mon
先日PTAの活動にて先生からのお話で、三重県は小中高生、スマホをもっている率が高いとのことでした。

何が危険か、わかりますか?
色々あるのですが。


私が思うのは、大人でも始終触ってしまうのに、年齢が低い子どもでしたらもっとはまるだろうということですね。
時間の無駄。


動画も無料で見れますよね。

具体的に書きますね。
何でも見れるのですよ。もちろんお金が要るものもあります。
しかし無料で見れるものも多いようです。

その描写が、何でも見れるのです。動画などない昔は、見れなかったわけです。高いお金を払わないと。
なので必然的に稼ぎのある大の大人しか見ない確率があがりますね。

それが三重の場合小学生から持っている確率が高いそうなので。

そして、動画に出てくる人々の、年齢制限がないのです。
動画がなかったころは、高い金を出さないと手に入れることができなかったはずです。

規制があるようで、現実はありません。よって、おかしなストーリーが多くなったそうです。
殺す系とか。傷つける系とか。

世の父親業をされている、普通の性癖の方は危惧しているようですね。
それが  ”普通”  だと思ってしまう子も居るんじゃないかな。ということです。

なので、きちんと目をそらさずに現実を見つめている親御さんの子どもは、スマホを持ってないんです。
キッズ携帯もありますしね。
もたすなら、せめて見れないように工夫しないといけないですよね。

殺す系を好む人はそういう虐待系の家に育った方オンリーなので、皆がそうなわけないですよね。
しかも温和な三重で。

人が嫌がるところや死ぬ、苦しむところを見て喜ぶような男になってほしいですか?

嫌ですよね。


また、出会い系サイトは18歳以上などと制限されているようで、実はされていません。
腐るほどありますよね。
世の中の努力もしないで疲れ切って勇気のない男性が利用しているだけですので、そんなところでメールなどしても意味がありません。

風俗に行くお金が惜しいので、できるだけ安くできる人を探しているだけです。
風俗嬢に、まけてよ~~ といっても殴られるだけですよね。

またおかしな性癖ですと、できるだけ若い人が良いだけです。
中学生や小学生女子に声を掛けたら、捕まってしまいますよね(笑)
だから顔を見せないのです。


”普通” の性癖でしたら、50歳の女性でもきちんと身だしなみを整えていれば女性として、男性は見ますよ。

こうしてみると、あほみたいな男性を増産しないためには、結婚して子供ができても女性として小奇麗にする必要があることがわかりますよね。
男性は目がぼやけていると思って良いので、シルエットだけでもきれいにしておけば良いのです。
それは、姿勢。髪を伸ばす。長いものでも構いませんから、スカートをはく。ですね。
そして少しでも良いのでお化粧をする。
あとは口臭。朝晩しか磨かないから臭いんです。
一日3、4回磨くようにすれば臭くないです。

毛穴や白髪など見えてませんから。
女性はそういう細かい所を気にすると思うのですが、クレド・ポーじゃなくても上手にきれいにできます。

現実を見ましょうね。


comment 0 trackback 0
01.14
Sun


一般論でお話しますね。
障がいとか、関係ないです。

(少し重い障害がある子は多少、遅くまで信じている場合もあります)

一般論というか、私がよく見聞きするお話です。

「子どもが、小学校〇年生なのに、サンタさんを信じているんだよ~」

というお話です


うーん
では学校で、 (8時~14:30、15:30まで居る場所で) サンタの存在を絶対に明かさないという保証はどこにあるのでしょう?

んなわけ、ないですよね。


体調もいまいちなので、答えを書きますね。


「年長者の入れ知恵で、希望の品をもらうため、信じているふりをし続ける」

ですね。

特に、毎年希望の品を送り続けている家はそうなりますね。


◎希望の品をもらえるとは限らないことを教える
子どもは、生きている年数が少ないので経験が親よりありませんよね。当たり前ですが。
なので、最初は何でも喜ぶんです。そして、ほしいものなど、適当に答えている場合もあります。
生きている年数分視野が狭いので、自分の本当に欲しいものもはっきりわからない場合も多いです。
ほしいものばかりをもらい続けていると、価値観が薄れてきます。当たり前ですが。ご自分もそうですよね(笑)
なので、
「もらって当たり前」
になります。
こんな風に育てたくないですよね。

そこで、親がしっかり今売っているものを吟味し、何が適しているかを考えます。
そして希望ではないけれども、親が選んだものを送ります。
いちいち子どもの反応を気にしないことですね。子どもは自分の癒しのための存在ではなく、一個の別人格の人間です。
子どもって、自分のおもちゃじゃないですよね。ぬいぐるみでしたっけ?

世界に貢献できる人材に育ってほしいと思いますよね?世界に行かなくとも、国内でも。ならば、人格を育てると思って接することです。毎年希望のものを与え続けて、しっかりした人格が育つでしょうか。

子どもの反応が悪ければ、片方の親がフォローする。これが普通の夫婦です。
反応が悪い年齢が、10歳を超えている場合、更生には時間がかかります。
そうならないために、幼児期から滾々と教えるのです。
年齢が低いほど、更生は早いです。


◎騙されたふりをして、希望のものを与える年と、与えない年と分け、意表を突く。あめとムチを上手に使い分ける。

あれえ~~希望のプレゼントじゃなかったね~~
サンタさん、○○に◇◇になってほしかったから、これだったんじゃない??

などと、すでに親は知っているゾ~
的に振る舞う。

子どもに騙されても良いのですが、コントロールされたらいけません。



comment 0 trackback 0
11.17
Fri
過去記事です。



コメントをしたのは私なんですけどね


ゆっくりじっくり幼児教育
こちらからコピペさせていただきました。


履歴書には書けない自分」を育みたい。


「学歴、職業、肩書き、資格、特技・・・

人からの評価って、何だかんだ言っても結局はそういうもので決まる気がするけれど、
お子さんがそういうものを持たなくても、良いと思えますか?

というご質問をいただきました。
(非公開でいただいたので、表現を一部変えさせていただきました。)

うーーーん!難しいですね~
色々考えてしまったのですが、
今思うところを書いてみたいと思います。

「持たなくても良い」というようには言い切れない。
その子がその子自身のために頑張った結果、こういったものを手に入れたのなら、
親としては嬉しいだろうとは思います。

でも・・。

いつも気をつけていたいな、と思うことがあります。


★子どもの人生は子どものもの。
 親を喜ばせるために生きているのではない。

★学歴や特技(英語・ピアノ・・)という、目に見える何かを与えることよりも、
 「目に見える何かが無くなってもなお、その子に残るもの」
 を育んであげたい。

この2つ。


履歴書に書けることが全部消えた時、
その子に一体何が残るか?

学歴が一切関係無い世の中になった時。
失職してしまった時。

学歴も役に立たない、職業もない、肩書きもない、
英語も話せない、ピアノも弾けない、資格もない・・

目に見える何かが無い状態になっても、
その子の中に存在している絶対的なもの。

それを育んであげることが、私が一番大事にしたいこと。

人にアピールできることが、学歴や資格しかなかったら、
それは「残念な人」。
学歴や資格が無くても、「私はこういう人」というアイデンティティがあれば、
それは「素敵な人」。

○○大学出身です、○○に勤めています、夫の職業は○○です・・。

そういったものに頼らずに「私はこういう人間です」と言えること。
そのためにはまず、親である私自身がそうでなくてはいけないですね

もちろん自分の子が褒められたら嬉しいし、
自分の子を認めてもらいたいという気持ちだってある。

でも、

私は○○ができる子の親です。
私の子どもは○○大学を出て○○に勤めています。

ということで自分のアイデンティティを持とうとする親には、
ならないようにしたい・・。


「その子のありのままを認めてあげられるのは、結局親だけなんじゃない?」

と、夫が最近言っていました。
たしかに、人からはどうしても色眼鏡で見られてしまいますよね。

○○ができる(できない)子、○○の家の子、○○学校の子・・というように。

嫌でも評価の目にさらされるのだから、
親だけはそういう目で子どもを見ないであげたい。
あれもできなきゃダメ、これもできた方がいい・・じゃなくて、
「できないことがあっても、そのままでいい」
くらい気持ちでいたい。

あれもこれも与えようとしたら、

「こんなに与えられなければならないほど、自分は無力なのか」

というような気持ちになってしまう気がするんです・・。

早期教育について何かが違う・・と思ったきっかけの1つはこれでした。
早期教育って結局、
「あなたには何もない」「そのままのあなたではダメ」
ということが出発点になっている気がしたこと。


学歴、職業、肩書き、資格、特技・・・

持たなくても良い、とは言わないけれど、
「親のために持たなくても良い」。

私は親として、履歴書で提示できる何かよりも、
「履歴書には書けない部分」を育んであげたい。
(漠然としていて言葉にするのが難しいのですが・・)

学歴コンプレックスとか英語コンプレックスとか言うけれど、
「自分」というものの核がしっかりあれば、
そういったものばかりにとらわれることもないんじゃないかな・・。

○○が無い、○○ができない・・・

「持っていない(できない)から、どうしていこう?」
「無くても自分にはこれがある、これが自分だ」

というように、、欠如した自分と向き合いながら自分をつかんでいく、
という経験って、とても大事なものだと思うんです。
大事なのは周りからの評価ではなくて、
評価に左右されない自分。
自分で自分をどう思うか。


だから私は、自分の子への願いとして、

「自分と向き合い、自分を信じて頑張れる子になってほしい」

というものを挙げています。
(関連記事:「子どもの未来への祈り」から考える、習い事観。)

学歴や資格だけで人を評価する人は、
自分自身の価値もそういった他人のものさしでしかはかれない人。
自分の無い人…。
そういう人からの評価を気にする必要は無いし、
そういう人になってほしくない、
というところが本音かもしれません。

長々と書いてまとまらずすみません…。
今はそんなふうに考えています。
私も自分のエゴとの戦いになる・・ような気がします。」

comment 0 trackback 0
07.03
Mon
家庭はそれぞれですから、目指す所は子が精神を病まない限り良いのだと思いますよ

子どものうち勉強できそうな一人を、良い学校に入れてあげることもよくあることですよね。
それはそれで良いかと思います。事情などもあるでしょうからね。
それぞれの子どもの良さを、理解しているのであれば良いですけどね。勉強できない子らを無視や、差別だと、虐待にあたりますね。

親御さんができなかった夢を子どもに託すこともよくあるのですが、子どもがそれを望んでいるなら良いですが、全く違うタイプでしたら間違いかな~と思います

このあたりは個別でお話ししていかないと何とも言えないレベルですけどね


時間が来たら、ごはんが当たり前に出てきて、幼児は勝手にごはんが口に入る。教科書はただでもらえる。
これから給食費も無償化するのなら、給食もタダ。

ここで大切な教育をしてあげないといけない!!と閃いた方は素晴らしいです



有難みをしっかり教えないと、ただのパープリン・KYになってしまいます

私が小学生か中学生の頃に教科書が無料になったので、もう親の世代から、当たり前。
になっているんです。


ここでしっかり有難みを教えないと、勉強ができてもあほっぽい子になりますよね。
はっきり書いて申し訳ないのですが、実際そうかと思います。

だから、幼稚園などでは、
「ママが作ったお弁当、おいしいね♡」

などをわざわざ言わせてませんか?
四日市は私立は給食ですね保育園も給食だった・・・・・

長男は幼稚園にいってましたので、福島や宮城の幼稚園は、そういう言葉を常にかけられていたようでした。
呪文のようにですが、社会性が未熟な早生まれな長男が、

「お弁当おいしかった!ありがとう」 と、弁当箱を洗う時に言うんです(^^)
最後の日には、「今まで、お弁当を作ってくれて、ありがとう」
と言っていました。

私立は給食もありましたが、園長先生から直々に、
「ほとんどの方がお弁当なんですよお~~~。子どもにとってお弁当はね・・・・云々続く」

とみなさんほぼ毎日お弁当でしたね。でも、簡単にできるようになるんですね。料理って、努力する時期がないとできるようにならないんですよね。こういう所からも、子どもの育ちが違ってきますよね。
まずベテランの大人の意見や助言がこうですから。
そりゃあ、子どもの色々な能力も上がるはずですね

三重県の指導者はそういうこと、言うかな?

言ってほしいですね



大切なのは子どもに、○○させる、理由ですね。
よくあるのが英語かな。幼稚園時代に英語、、別に・・・・

英語より、自転車の扱い方、新ルールなどをこんこんと伝えた方が良いかと思います。
事故をしたら、相手にお金を払う義務が生まれることなど。車と同じだということですね。

大阪などでは何でもできて当たり前な雰囲気はありますから、びっくりしますが、私は年齢相応になってから勉強をしても遅くはないなと思っています。
習字、そろばんも、ちょっと時代錯誤的な・・・・(すみません)
習字するなら、ペン習字で良いのでは?
今、和紙で手紙書きますかね・・・・てかライン

そろばんをするなら、公文で良いのでは?

そろばんで集中力は付かないと思いますが・・・・計算力はつくでしょうけど。
小学生で何十京の計算、今必要ですかね?

そんな時間は、本をゆっくり読んだり、落書き(絵画ともいう)をしたり、音楽を聴いたり。
そういう時間にあてた方が、人間らしく成長できるのではないかな。と思います。

戦争のお話しを訊きに行ったり。
親子で熟考したり。
一日の時間は、限られていますからね。

まあ、教育産業の影響で子育てもやりにくくはなっているのでしょうけどね。
不安をあおるような宣伝が、たくさんありますから。




comment 0 trackback 0
07.01
Sat
外遊びの教育では、7日間、外遊びをしたところで、目に見えて変わることはありません。
実際には変わっていますが、多くの方にはそれはわからないと思います。

うちの次男でさえ、最初は、場所見知りのような感じから始まり、怒りっぽいこと、よく回ること、よく動くことなどで自閉症っぽいなあ~~と感じていました。
4歳過ぎに、少しの時間であれば静止できるようになりました。
記憶が少し曖昧ですが 病院の待ち時間や、創価学会ですから会合の60分ですね。
怒りっぽいのは、5歳過ぎくらいに自分の中で消化できるようになり、怒ることは無駄・周りが悲しむと理解でき、気分を自分で転換できるようになり、それが本来の自分だったかのように、自分の実りとしていた印象があります。
こういうのは、幼児期であれば細胞ごと変わってしまいますから、自閉症ではなくなりつつある。
という状態ですね。


ゆったり自由保育を始めたのは、次男が3歳からですから、丸1年は次男の高機能でさえ、それだけかかったということです。
概算ですが、おこりっぽい所が取れたのは、丸2年かかったということですね。
1人1人、症状は違いますから、どこから取れていくかわかりませんが、数年単位で考えた方が良いということですね。

目に見えた結果がないと不安にはなりますが、絶対に大丈夫ですから確信をもってまったり外遊びをしてくださいね。

そして、幼稚園時代はこのあたりは特に特徴があるのですが、
「ママともに好かれるため、わざと自分の子どもが出来が悪いことを言う」

という傾向がありますよね。幼稚園で、ママがママにおいてかれないようにするためですよね。
幼稚園は、子どもが沢山遊ぶ場所ではなかったですか?
ママに置いてかれないようにする場所??
違いますよね。

私は福島や宮城にも住んでいましたが、そういう風潮はあまりなかったです。
自分は自分ですからね。幼稚園が同じだからって、建前ばかりでお付き合いすることはなかったですね。

多分岐阜もそうかと思います。

ここからが本番なのですが、

「子どもが小学生、中学生になるとテストの点が20点やったわーとママ友に同情をもらう人は、0に近くなる」

という事実です。

ほぼ、隠します(;^ω^)
だから、外遊び教育の結果がよく現れる年齢には、周りの状況がわからなくなっているということです。

(男子同士はたまに言いあっているのでわかる場合があります)
でも全員の点数はわかりませんよね。

きちんと外遊びをして、ゆっくり考える時間があり、親御さんの固定観念を無にし、子どもの意見をすぐに○○だと決めつけないという姿勢、
子どもと居る時間は宝だ。という気持ちががあれば、確実に小中高その後の勉強まで、短時間で高度な学習ができるようになっていると思います。
なので塾も、ぎりぎりまで要らない。ということですよね。

塾って、中学生くらいからだと月2万~ですよね。月に2万以上って結構きついですよね。
塾にいくことが当たり前ではないですよ。

そして、無理に良い学校に行かせることも、親の務めではないと思います。
一人一人、素晴らしい能力を発揮できる場所は違うのですから。

結婚し、主人が沢山お金を持ってきて、子どもを勉強漬けにし、良い学校に入れる
ということをが、価値がある・・・という考え方であると、おそらくあまり幸せとは言えないかと思います。
それ+、付加価値がある場合は、本当に自分の固定観念ではないか、親御さん自身がいったん落ち着いて熟考されると良いです。

それぞれ事情もあるでしょうが、例えばうちでしたら、高校までは県立でお願いしてあります。
それ以降の進学先は子どもが決める時期になっているでしょうからね。
優秀生徒であると、返さないで良い奨学金があることや、半額だけ返す奨学金、いろんな制度があるということも、教えています。また、当たり前ですが、

「何のために勉強をするのか」

ということも、たまにお話ししていますね。

あとは桜駅沿線上で、通学しやすい学校に。と思っています。子どもらにもできればそうしてほしいと言ってあります。
なので次男でしたら、西高の理数科か、四校となるわけで(笑) 極端ですが仕方ない。
ふるさとなのですから
三男も、四中工辺りになるかな?三男はやりたいことがありすぎて未知ですね。
最低限の勉強はすること。と伝えています。

実際長男が自転車でも10~15分ほどの高校に行き出して、本当に通学や提出物を出しに行く私も、たまに車で送る日も、近いと楽ですね。
いつでも手伝ってくれるじいさんばあさんが居れば、また状況も変わってくるかと思いますが、うちはすべて私がしないといけないのでね。


子どもによってタイプが違うので、言い方も変わってきます。
きょうだいに対する接し方も、常々声をかけています。 (長男)(次男)(三男)だけ、○○なしで、それで良いと思う???!!!

などと、忘れがちなことを少々嫌味っぽく伝えています。
3人とも男なので、女性特有の感情タイプではないのでこういう声掛けが要るんです。
女の子でもたまに伝えてあげると良いです。

大人になってきょうだい仲が悪いのって、嫌ですよね。私は嫌ですね。

外遊びをしてこなかった子たちは、無理に勉強をして精神を病む。ということにもなりかねません。
精神力も弱い状態で、臨界期を迎えてしまっているわけですから。そこから這い上がるのも、難しいです。
人はいつでも変われますよ。しかし、幼児期に一生で一番カワイイ時期にゆっくりまったり生活をするだけで、本来持っている能力を出し切ることができ、精神が強くなっていれば、そちらの方が人間を育てるという視点でも、当たり前で自然なことだなと思います。

世間の風潮は、その逆なんですよ。
小さいうちは親は楽をして、1人になる時間をわざわざ作り、学童期になって塾や公文に放り込めば良い。という考えですよね。
違いますよね。

学童期になれば嫌でも一人になれますから(笑)仮に下の子がいても、下の子は成長は早く感じますから。あっという間に就学を迎えると思います。
ランチをしなくても、死にませんよね。
1人になりたいという時期が、間違っているのです。人生で一番カワイイ時期になぜ一人になりたいのか?
矛盾していると思いませんか。

孤独に生活をしてと言っているわけではありませんよ。
世間の風潮に流されすぎないでね。ということです。





















comment 0 trackback 0
05.24
Wed
子どもを何でもできる子にすることが、大切ではないです。
しかし、放っておけ。ということでもありませんし、一番じゃないといけない・・・ということも違います。

さくらいちごの親御さん以外の大人は、”目に見える結果” でしか、子どもを評価できない方が99%でしょうね。
テスト、スポーツの結果、などなど。


中高生は、もちろんテストは大切ですよね
そういうことではなく、幼児、学童期、青年期、あかちゃん時代と、年齢によって大人のアプローチは違ってくるということです。

また、年齢プラス、その子の能力にもよります。

子どもが人生において、良い結果しか経験していないとか、無数の保険をかけておく(公文・そろばん・piano・なんだかんだ)
状態ではそりゃ、良い結果しかみていないですからクラスの子にも尊敬されたり、色々な人から称賛されるでしょう。

しかし、それと、生きる力(心の強さ)は比例しないのです。

生きる力は、そんだけ忙しい生活をしていると、つかないです。

生きる力がなければ、さまざまな能力は無駄になってしまいます。
また、外注で塾や家庭教師などを利用しないと何にもできない子。ということでもありますよね。

塾に行くのは、当たり前ではないですよ。

よく東大に行かせた親~~などというネットコラムや雑誌の記事がありますよね。
多数が、「勉強しろと言ったことがない」

という感想ではないですか?少しは言うでしょうが、ママ友と、愚痴るようなできなさぶりではないですよね。

これが想像つかない方もいるでしょうけど、実際そういう子は居ます。

ではどのように生きる力を養うのか。

次回のお楽しみに~('ω')ノ


comment 0 trackback 0
05.07
Sun
だいぶ記事も多くなってきており、まとめたいと思いつつ・・・数年先になることも予測されていることでしょう。

でもやると決めたことはきちんとしますね。時間は有限ですから。40歳になって、折り返し地点にきたようで気は焦ってしまいますから。”死” がやはり怖いですね。怖いというのは、自分がやりたい事をやり切って死にたいからです。

かといって、最短距離ばかりを目指す人生を、称賛しているわけではありませんよ(^^)
特に幼児の生活においては、大人が考えるよりもゆっくり過ごす方が、後によく成長しますから。


先日から書いているもので、長男が高校に行けないと診断されていた記事ですが。
何を言いたかったかというと、外遊びをしてきたから成長できた。
ではなく・・・・・

「ヤブめ」

です('◇')ゞ

誤診だったというか、発達検査は、自閉圏内の子はしっかりやりません。何も言わずに受けさすと。屁理屈の巌窟王ですから。
しかし検査をしないと周りにはわからないのだな。とも怖く感じます。

学校に提出すると、
「学年全体がとくに勉強ができる子がいない。のんびりした学年。だから知的障害グレーでも、ここに居られるのだ」
「何もできない子」

はっきり書いた方が伝わると思いますから、はっきり書きました。このようなお話ばかり聞いていました。
先生らはさすがにこんなはっきりは言いませんよ。そしてとても良い、学校です。
しかし直訳するとこうなる。


てか、IQ75てのを見たからでしょ?

ということですよね。数字しか見てないんです。

こういうのが私の原点になっていますね。でも、悩んで良かったかなと今は思います。
できる子ばかりだったら、人の痛みなんかは知る由もなかったでしょうから。ただでさえ、傲慢なところがありますから。

で、そのころは先生でも資格を持っている方でしたら検査ができたんです。
無料ですし、その方も自閉圏内でしたからめんどくさくなさそうで、そこで受けたんです。
今度は、IQ95ほど。

そうしたら、先生らの反応は、なくなりました(笑)数字しか見てない。

小学生になって20も上がるわけないですし、特別な教育はしていませんし、習い事は水泳しかやっていません。
わけないってこともないですが、7歳過ぎでは、本人が、こうなりたい!!と強く思わないと、できないことだろうと思います。
人は危機感を感じたときでないと、切羽詰まらないと動かないですからね。

今の子どもが物を大切にしないのは、危機感がないからですよ。
あふれるほどありますからね。
なので思考力がある程度着いたら、広島に行くと良いと思いますよ。原爆ドームを見学し、できれば実際被ばくされたかたの話を訊く。わざわざそのために行くのです。レジャーではなく。
眼球が溶けた方もいるそうですし。

去年の夏、ちょうど8月6日に白子に行ったとき、ラジオで黙とうと、被ばくされた方のお話しがあったんです。
次男は、立って聴いていました。私も初めて聴く内容があり、考えさせられました。


で、話は戻りまして、普通の先生らは数字でしか評価できないようでしたが、支援学級の先生は、特別何もない。見守る。
のようなことを仰っていました。その方は、数字ではなく本人を見て判断したのでしょう。
私がこう思っていることも解っているようで、その後一切話しもしないですが(笑)


高校に行けないと言われつつ、しかしそんな低いようにも見えない。私立にも行けない。つい先日高校の合格発表がありましたが、この呪縛のような不安感、つい先日やっと取れたんですよ。いちいち私はくらい顔はしませんからね。
相談相手もない状態で、体重は減るわ、ぶつぶつはできるわで本当この1年は精神的にしんどかったですね。
朝目を開けると不安に襲われたり。

確信はあるものの、やはり不安なところはありました。


やっぱりヤブではいけないと確信しましたね。
1歳の子育て中のお母さんに、遅れは一生取り戻せないなどという職員。
これも・・・・・。


私が悩んできたことは、結果的に良かったと思います。
傲慢故、誰でも持っている考えですが、「教育者の子どもは良い学校に行く」

という概念。私もそうでないといけないかな。と思っていましたが、そんな考えはいらないかなと思うようになりました。

ましてや、差別的になってしまいますしね。
歳を重ねると、出身学校ではなんとも言えない・・・という結果もわかりますしね(;^ω^)
先日、四高の子らがジャージで、ボウリングをやっていたそうです。ボールをわざと床に叩きつけるように投げていたそうです。
これってやばくないですか?幼稚園でもわかりそうなことですが。。
幼児期の手足を使った遊び・体幹を使った遊びが乏しい子では、壊す・破壊する遊びを大きくなってからしてしまうという特徴も、ありましたね。


学力などそれらにとらわれている人は、その方の方が下に見えたり。小さい人生かな。などと。


時間は本当に早くすぎます。1人1日24時間しかないんですよ!?
今いる場所で、人間らしい行動をどれだけできるか。今いる場所で、学生はどれだけ勉強に励むことができるか。
そちらの方が重要だなと、アラフォーになって思います。
○○高校の看板を背負っている事、自転車は凶器になるということ。
自覚しながら、過ごす学生生活ですね。

すぐに改善できなくても、少しずつ言っていけばどんな子でも理解できるかと思います。
親の言いたい事だけを言うのではなく、ですね。


先日の、知的障害だと言われている子が2語文を話した。歩いた。
という記事も、私がIQを上げた。ということを言いたかったのではなく、IQは平均だと私は最初から思っていましたので、ほらみろ。ということが言いたかっただけです('◇')ゞ 今は平均以上くらいです。知的障害というのが、誤診だ。ということを言いたかったのです。
もちろん、課題はまだあります。また、IQは全領域で上げれるだけ上げる教育をするつもりです。

上げた所で、療育の場から称賛されるわけでもないのも、わかっています。
教育の結果などは、先ほどのテストの点でしか評価できない人も多いですから、ましてや幼児でしたら、IQが上がったのは、
もともと素質があったから~~
などと言われるだけなのもわかっていますよ。

しかし、わかる人にはわかりますし、親子が安心して楽しく生活することができれば私はそれで良いのですから。
評価されるために、さくらいちごやっているわけではありませんからね(笑)
目的が本末転倒したら、変ですね☆




comment 0 trackback 0
03.17
Fri
相談する場所というのは、親御さんたちのモチベーションを下げたらいけないと思うんです。
受け止めることはもちろん必要ですよね。私も解ります。

しかし、そこで終わっているから、不満や悶々とした気持ちが残ってしまうんです。

だから、今はこういう状態だけど、○○な教育をしていくと、大体◎◎くらいに◆◆な状態になっていると思います。
と、これからする教育内容を具体的に言うことと、それをしていくことによって見える姿を大体で良いので伝えるんです。

大体で良い・・・とは、そういうことが得意な人と不得意な人がいるでしょうから書いています。
私は得意なので。
ピッタリ当てなくては責任が・・・という気持ちはわかりますが、相談機関から機関へたらいまわしにすることが、税金でする仕事ではないはずですよね。
でもでんで当たってない見立てはちょっと・・・・('◇')ゞ

どんな子どもでも光だ?(じゃなかったですね('◇')ゞ)というのなら、その子を育てる親御さんがまず、心から楽しく、希望を持って毎日を過ごさないといけないんです。

1.6健診で見つけても、ぜひ教育方法を教えてあげてください。
療育の申し込みの仕方だけでなく、具体的な教育です。
今の状態は、親御さんの方がわかっているんですよね。いちいち言わないだけで。
今の情報はもう知っているので、その次が知りたいのだと思います。

1歳や2歳の親御さんのモチベーションを下げることがどれだけの弊害を生むか、もう少し重大なことだと思った方が良いです。

ま、世間は自分の子どもだけが頭が良くデキる子なら、関係ねえ~という方が多いでしょうけどね。
ダッサイね。

残念な人にならないで、進みましょうね(^_-)-☆


comment 0 trackback 0
02.23
Thu


親御さんとのやり取りでとても大切なことだなと思う文章がありましたので、抜粋させていただきました。

私とのメールのやり取りです。


「メールありがとうございます。



「発展」という字面だけで考えると
例えば
積み木をかじる→投げる→並べる→重ねる→形を作る
この様な事を発展と呼ぶのかなと思っていたのですがそうではないのですか?

・こちらも、発展と呼んで良いと思います。


よく、言われていますね(;^ω^)
周りの大人が、 「こうして○○したり、△△したりすればいいのに」
と、勝手に想像していることが、そう言われる所以かな~と軽く思っています。
健常児でも、自閉症の子にも、言われていますよね。

子どもだけでなく、大人の方も、変わった方はたくさんいますしね。例えば※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※・・・・・それこそ発展がないどころではないですね。

寝るとき以外、1歳から6歳まで、同じ遊びをする子どもはいないだろうと思っていまして、私は大人が勝手に考えた子どものためという名目のTVCMみたいな笑顔を見たいだけ、いろんな遊びをしたほうが知能的に見えるからかな?と思っています。



〇〇君でしたら、私からみたらあれだけ大好きなボール、しかも出かけるときも、まだ歩かない○○君ですから、ハイハイで移動しますよね。玄関に向かう際も、両手に持って出かけようとするくらいです。転がして追いかけて、また静止して、ボールに描かれている絵をじっと見て。
本当に好き!という感じです。

それが、1時間半ほどじっくり・・・私も他のもので遊んだら~~などと何も言わず、思い切り好きな遊びをし、外に少し出て、お昼寝もし、お腹も満たした後、再度室内遊びでは、最初だけボールに触れて追いかけて、あとは触っていないケースからおもちゃを自分で選んで自分で出していましたからね。
どこかになくして、私に言うのがメンドクサイのかとも思い、ここにあるよ~~とわかりやすい所に置いておきましたが、とりに来ないので、本当にもういらなくなったようでした。

これも、発展と呼んで良いと思いますよ。発展=同じ遊びばかりしない という意味でも使うかもしれません。
また、いくら自閉症であっても、発展しないように見える遊び方をする子はいないのではないかな。と思っています。
発展してほしいなら、本当に2時間くらいじっくりとそれをさせているのか、疑問です。口では何とでも言えますから。

子育てって、親御さんの価値観などに影響されますよね。子どもは生まれて数年は説明したりできませんし、まず信じてもらいにくいですよね。真実は親御さんの言葉のみになっています。
結局健診でも、本当のことを話していない親御さんもいるでしょうし、子育てほど、色々曖昧なものはないかなという印象です。
言葉を話しているのに、未だ言葉が出ないという方もいるでしょうし、その反対もですね。

保健センターなどで、遊びが発展すると良い~~などとよく言われると思いますが、いろんな遊びをしていた方が、大人が勝手に賢く見えるだけの話でもあると思うので、気にしなくて良いかなと思いますよ。」






私が勤めていた音楽教室でも(私は18歳位以上しか教えてなかったので子供達と関わってないですが)

子供達の教材の内容や、発表会の曲目に至るまで

子供の為ではなく子供の親が満足する内容にしています。

レッスンはカリキュラム通りに進め、且つ「素人目で見るとなんとなく上達してるように思える状態」

を演出しないと親からクレームが来たりしていました。

そんなんでは後々躓くんですけど、それも知ってるけどそうせざるを得ない。


同じ曲を何度も何度も弾いてその中で新しい発見をしていく とか

自由に心のままに即興的に弾く とか

それこそ自然を感じた後にその気持ちを曲にしてみる とか大事なんです。

子育ても同じなんですね。

よく分かりましたm(_ _)m


音楽も中身を伴わないと、あるレベルからは伸びないです。

自分がどう感じるか、何を表現したいのかでなく

親の満足する所に自分を寄せた弾き方をしてる子を見かけると心が痛みました。







comment 0 trackback 0
back-to-top