02.05
Wed
療育の終わりはいつでしょう?

幼児期に、検診で引っかかり、市の療育スタートするのは良いのですが・・・そこから、いつまででしょうね?
はじめの行き先が別れる場面は、就学。特別支援学校か、支援学級か、普通クラス。

特別支援学校に行かれた方は、その後も保証されて、幸福ですね。
特別支援学校の中・高と行き(全員ではありません)、その後もほぼ支援と教育を受けられる環境ですね。
そうして就労すれば、本人や家族もほっと一息ですね。


では、支援学級の子は?
普通中学・特別支援学校の中学にいくか、別れますね。
支援学校の中学へ行く子は、上記の支援学校での支援・教育になってくるので、その後も何かと安心ですね。

では普通の中学に通った場合は?
現実、「普通」について行かなければいけない環境が始まります。
IQなどのことを言っているのではなく、IQ・社会性・凹の部分でも、「標準」
を求められるわけです。
おわかりでしょうか。
自閉症・ぷち自閉症・知的障害・ぷち知的障害・広汎性発達障害であっても、標準にしていかなければいけなくなるんです。

それができれば、療育にいかなくても、良いんですよ。

もちろん療育途中で健常域になった子は、卒業です。

理由があるから、療育や教育を真剣にしている・・・という現実。
二次障害が起こらないように、支援・教育は家族と医療機関だけに、門が狭くなります。医療機関にかかるということは、医療費もかかるということです。18歳まで無料でしたらありがたいですが、18歳まで無料の自治体も、そんなに多くはないでしょう。
幼児期は、無料の療育センターにどしどし招待されるのだけど、この時期はないことと思います。(自治体によりけりでしょうが、少ないと思います)


では、小学校普通クラスに就学した子は?
普通クラスから、図工の時間などを使って、通級に通ったり、少人数で算数などは受けることになる子も、いるでしょう。
しかし、ほぼ「普通」をもとめられます。
市の療育に通るなりできれば良いのですが、高機能児の無料センターというのは限られていることと思います。
家庭・医療機関での療育を続けることとなります。
わざわざ療育センターがあるということは、集団についていくだけではなく、個人が健やかに社会の一員として生きていくという意味があります。そして、とても育てにくい子が多いのです。

それを、家庭任せになってしまうということです。
家庭も、親になったのだからできないことはないなどという、根性論は通用しません。
いつかは倒れます。


では、療育がストップしてしまった場合、療育なしで育ってしまった場合、どうなるでしょう?
こういう人は、たくさんいることでしょうし、NHKに出ているような成功した当事者は氷山の一角よりも少ないことでしょう。

成人して、わからないことがあった場合、誰が教えてくれるのでしょう?
まあほぼいないですよね。なので大手に就職できても、辞めることになる。(私はやめませんでしたが、偶然運がよかっただけです。)

前科の本当の意味がわかってない高機能の人は、どうなるでしょう?

字義通り受け取ってしまうまま、成人したらどうなるでしょう?

オウム返しの応用のまま、成人したらどうなる?

このまま結婚したら、どうなる?


幼児期の療育センターも、学校も無事に卒業したんだから、わかるに決まっている・・・という、フィルター越しに見たら、支援者失格なんです。支援者が勝手に満足してしまってはいけないんです。


対策として、
今はほぼできていない、幼児期の療育センターから、就労するまで長期にわたってフォローできる状態にすること。
カルテを、1.6検診や3.6検診後・就学前検診後に作ったら、成人して仕事が3~4年続くまで持続させるということです。同じカルテでいいということです。
それを民間の療育と、公の療育と手を取り合って取り組むことですね。
民生委員の機能問題。名ばかりで、機能していないところも多々ありそうです。

また、眠っている機能不全家庭を掘り起こし、支援・教育していくことですね。
外面がいい機能不全家庭は、山ほどいることと思います。

こうして、子育て支援とは、長期に渡らないといけないのです。

こうしていけば、犯罪も事件も、減ることでしょう。






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02.12
Wed
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02.13
Thu
年中さんです。
9月の時点・・・やっと高機能と信じてもらえた時期でもあります。

認知適応 85
言語社会 73

2月の時点・・・

認知適応 81
言語社会 105

注意・・テストをしてもらった場所は違っています。が、チャレンジャーな子でもあるのでほぼ場所で変わる・・・ということは少ない子かなと思います。

色々課題はありますが、市の療育とうちと、自宅での生活改善と親御さんも頑張っているご家庭です。
高機能児の通える、公の療育施設がほとんどない地域なので公の施設というのは月に数回だそうです。
幼稚園にも行っています。

認知についてはあまり変わっていないようですが、(4ポイントでは変わらないと判断するといいと思います)言語発達が30ポイント以上上がっていたので確実に力をつけているな・・・と、思います。
2~3歳の低年齢でもなく、幼児期後半に差し掛かっている子なので、光が見えたようで嬉しいですね。

私は自分の子どもを数字で判断され続けた嫌な過去がありますので、できるだけ数字は見ないでおこうと思いましたが、たったの半年でこうも変わるものと、実際に目にみえると驚きは隠せません。
親御さん的にも、このくらいの周期で数値の結果として見ていくことも、必要かな・・と思い直しました。
教室も立ち上げてもうすぐ1年ほどたちますので、これから検査結果をたくさん見ていくこととなるので、また実感も変わってくるだろうと思います。

半年ほどしか経ってないので、認知発達については悲観せず、これから引き続き課題を着実にこなしていき、幼稚園にも協力していただき、ご家庭もゆったりと教育されるといいと思います。


模倣ができればそれでいい?犯罪は起こさない?

高機能自閉症の子の本当の困り感

困り感を具体的に文章にしました

アスペルガー症候群と思われるお子さんの困り感

アスペルガー症候群(と思われている)お子さんの様子





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02.15
Sat
①近年の子どもの運動能力や社会性が低下している・とよくニュースや色々な場所で言われているようです。そう言ったことは、専門家ではなく、実際に子育てに関わっている方々が、一番よくわかっていることではないでしょうか。

また、ある論文では、肥満が増えている、親世代も運動能力が低い、などと書かれていますが、その原因が食生活の低下、体を動かさないライフスタイル、などと。

でも、私からしたら、体を動かさないライフスタイルにしたのは、誰か??何が原因か?ということ。
食生活では、低下どころか少子化になった影響で一人の子どもを丁寧すぎる育て方が蔓延し、逆に向上しているのではないか、と思っています。家庭菜園の普及など。

子ども観については歴史も色々あり、子どもを自由にしておくと、将来ろくでもない人間になる・という考えが今の日本では大きいようです。なので、必然的に、極端にいえば0才から、「しつけ」を重視してしまう風潮のようです これが、「0~8才の子どもの遊び」よりも前にきているから、おかしなことになるんです。
(こう言った事がよくわかるおすすめ映画「少年マイロの火星冒険記」
大人にとって都合のいい行動をしない男の子は、捨ててしまう・女の子だけいいなりにさせる為に自由を奪い教育をしていく・・・という火星の世界の映画。ハッピーエンドなので子どもと一緒に観れると思います)


そして、言うまでもない、遊ぶ場所がないということ。
どこに、広いアスレチックや、花摘みをしてもいい山がありますか。思い切りボールを蹴れる場所がありますか。マンションの庭で思い切り遊べる環境でしょうか。
狭い、球技禁止の公園はよくありますが。

またそれを逆手にとって、わざわざ「運動習慣をつける」ための施設が急増するなど、矛盾ばかり。私は矛盾だと思うし、それで儲ける事をするのは矛盾をさらに大きくしてしまう・と思っています。しかし、都会ではどうなんだろう・という疑問もまだあります。都会には住んだことがないので一概にはまだ仮説もできない状況ですが。

保育施設では沢山の「保育課題」をこなすので精一杯で、子どもの遊びをゆっくり見守る・ごく当たり前のことが、本当にできているのでしょうか。大人が考えるゆっくりと、子どもが考えるゆっくりは、全然違います。
そして、特に0~8才までの遊びって、時間がとてもかかる・ことでもありますね。大人からしたら無駄にも見えたりします。でも、そういう間に運動神経や、能力が養われている・という事を忘れてはいけないし、でもそれだけを思いすぎて、「これだけ遊んだんだから、デキるに決まっている・できてほしい」
「うちの幼稚園の子はこんなことができる・あんなことができる・と、世間にわかってほしい」
などと思うのは仕方ないかもしれませんが一旦「欲目」を捨てて子どもと一緒に今の時間を楽しむ・という気持ちが大切なのではないかなと思います。


②自由遊びとは、「何も教えない」ことではなく、言語には中々できない部類ではないかなと思っています。
子どもと一緒に過ごしている、お母さん方はわかりやすいと思いますが、24時間、「良いよ~」とは言ってられないですよね。
だから、遊びの時間くらい良いよ・と言いたい思い。それくらいの割合で、いいのじゃないかな・と感じています。


しつけは、「遊び」を十分したうえでの話だと、思っています。難しいのは、子どもが遊びきったな・・・という気持ちがわかるかどうか。ですよね。わからなくても、模索していく中で、いい結果として現れていくのではないかなと思います。それが、子育て・なのですから。
こういう事は中々言語にできないかもしれないなと思います。

遊びの前に、「愛着形成」もありますね。

私は、長男が沢山の保育園幼稚園にいっている中で、子どもらがあまり楽しそうでない場面や、義理で何かをしている風景、そういうのをどうしてそうなるのかな・と考えを深めて自分の育児の参考にしています。幼児が、そういった場所で義理で遊ぶ風景ほど、おかしいものはありません。
もちろん、いい場面も沢山ありましたが、私からみたら子どもには不都合なことが多かったと感じていて、次男三男の子育てには工夫を凝らしてきました。


運動神経の発達について調べると、難しい言葉がいくつも出てきました。
過程評価と結果評価。危険察知能力と回避能力・・・・わたしはこういう文字をみると構えてしまったり、ちんぷんかんぷんにもなります。一番自然な子育て・人間教育をしているのに、ガチガチに構えてしまってはいけないかなと。
発達段階に応じて、体の鍛え方を考える・など、そんなんわかるかよ?と、思います。そんなことばかり考えると、子育ても楽しくなくなりますね。発達段階は、その子どもが一番の資料です。

また、年少さんクラス・満3才保育ができた背景はご存知でしょうか。
・子どもの数が少なくなってきたため、保育施設の赤字を防ぐ
・核家族のフォロー

3才までは、親子で一緒に遊び、時間を大切にする・という文章が出回る=親子で遊ぶのは3才までで良い
などと勘違いしてしまう。

幼児期は、特に発達の個人差があると思います。特に周りに惑わされないようにしなければいけない時期でもあると思います。一番は、地域全体で子育てしていく・ということですが、現実には中々できてないと思います。


③自由遊びとスポーツについて。

スポーツも色々ありますが、サッカー、野球、体操、スイミングなど、スポーツには、ルールとか、組織とか様々な制約が付きものです。ルール以前に、毎週15~16時とかそういうことも制約です。その間に決められた事をする・ということなんですが、
幼児に、こういった事が必要でしょうか。

ルールが理解できるかということも、必要になってきます。
3才くらいから、遊びがどんどん広がっていくと思いますが、ボールひとつにしても幼児は沢山の遊び方を見つける天才ですね。300円もしないビニールボールってよく売っていると思いますが、かなり重宝しますよね。
投げる、蹴る、玉つき(あんたがたどこさ)転がす
フラフープ・・・本来は腰で回すものですが、、
高いところから転がすのがうちの子どもらのハマりでした。次男は、フラフープの場所まで何歩でいけるか、数えていました。100以上になってくるので、4~5才にはかなり勉強になっていますよね。
また、小学生の長男やその友達は、高い所に投げて回し方によって転がる場所が違う事で遊んでいました。
これも、広い場所がないとできないです。
逆にいえば、広い場所でなくても、周りの大人の許容度があれば、色々遊べるんです。

縄跳び・・・ズボンにはさんで、尻尾にし、追いかけっこになってました。追いかけっこでなくても、ズルズルとついてくる縄跳びを観察しながら走っていました。追いかけっこが一番楽しそうでしたが、これも「陸上」を習わなくても、走ってきなさ~いといわなくても、必然的にかなりの距離を走る事になり、短距離長距離が養われる・ということです。
幼児は運動能力が未分化ということであれば、こんな遊びをしているだけで、全ての運動能力が育っているということ。

こういうのが価値のある事だとわかるのが難しいのかもしれませんが、そういう遊びをしている時の子どもらの夢中になっている顔、義理感のない顔、遊び終えた時の聞き分けの良さが、遊びは子どもの仕事だなと思わせてくれます。

これが、ルールがあるスポーツだとすると、自分で考えて遊ぶ・ということはまずなくなります。
ルールの元で、動くということ。
サッカーもどきもうちはしますが、ルールであってルールでない遊び方をしています。ルールは、子どもが考えます。そこで、片方ばかりが点数が入ってしまうルールなどになれば、私が「そんなん卑怯くさくない?」などと少し介入したりします。
しかし、言わずにどういう展開になるか、試してみる時もあります。卑怯だ・という事がわかった・という時点で、先の予測がついている・ということ。そういう時も、いちいちよくわかったね。などとは言わずに、自然にしています。要は、昔の近所の遊び友達を演じているという事。今は子どもも少ないですし、かといって幼児の集まる施設が健全かといえばそれも難しい状況です。

こういうのが、難しく書かれている、発達段階にあった遊びを提供ということだと、思います。
なので、ヒントはインターネットではなく、子どもそのものなんです。

子どもに色々なスポーツをさせるべきだ・といわれていますが、そんな時間があるなら、自由に遊べる時間に使ったほうが、よっぽど運動能力を鍛える事ができると思います。

硬式野球も、2~3才の子は喜んで真似しますよね。「練習」しなくても、まずは思うままにTVの真似をさせ、実際に打たせれば、自分で試行錯誤してどうやったらバットに当たるのか・考えるようです。
次男なんかはあっという間に野球ブームは終わりました。(投げる・打つは5才以前に終了・習得)

子どもの能力は周りが潰しているのかもしれません。




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02.18
Tue
一言で、言葉が遅れているといっても沢山の要因がありますね。

○1.6検診で引っかかったのか
○3.6検診で引っかかったのか
○就学前検診で引っかかったのか
○特別支援学校を拒否して普通クラスに入れてしまい、子どもが二次障害になったのか
○1歳1語分、2歳2語分、3歳3語分のおおよその目安より遅れている
○年齢が進んでも、言葉以外のやり取りができないのか
○年齢が進んでも、子育てが大変なままなのか
○はい・いいえの受け答えができないのか
○緘黙か
○虐待ゆえの遅れか
○虐待ゆえの緘黙か
○虐待はしていいといえども子どもにとっては虐待になっているから緘黙なのか、知能が遅れて言葉が遅れているか


ざっとあげただけでもこれだけあります。
なのでもっとあるということです。きりがないのでやめますし、療育施設などであればすでにやっていることと思います。

子どもの置かれた環境も違えば、どこで躓いているのかも違います。
なので、さっと見てこの子は言葉だけ遅れているから大丈夫だとか、検査しなくていいなどと煽るのは犯罪行為に近いものですね。
ネット上でもそうですね。
また虐待に抵触するのであれば、秘密保持の義務はなくなります。




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