01.05
Tue
以下の書籍から引用させていただきました。
遺伝や環境についてです。
いかに、環境が大切かが科学的に書かれています。


「発達障害の原因と発症メカニズム」
脳神経科学からみた予防、治療、療育の可能性

黒田洋一郎
木村ー黒田純子

河出書房新社

P111
~~
「~~~19世紀に王位継承争いからか、牢獄に生後16年間、人間を見ることなく幽閉されたという子、カスパー・ハウザーでも言語の発達など行動や能力の異常が見られた。
これで、ヒトでは行動の発達は遺伝だけで決められているのではなく、少なくとも<養育者>などによる養育環境が、言語の獲得など人間らしくなるためには必須なことが確定し、「養育の重要さ、教育の重要さ」を強調する近代社会の成立に寄与した。
しかし厳密にいうと、これら「野生児」などのケースでは、Ⅳ、Ⅴの意味での<母親>の養育だけでなく、Ⅱ、Ⅲの生前、生後の科学物質環境が関与している可能性もある。
~~~

貧困による母親の低栄養や出産時のトラブルによる低酸素、低栄養、広い意味では養育に入るが生後の母乳の摂取不足などによる低栄養である。」



※母乳の低栄養、というのは現在の飽食の時代の話ではありません。
ダイエット食品、ダイエット用品が劇的にはやっている時代です。
母乳が出ないほど、低栄養のお母さんはまずいません
このあたりの解釈を間違えないようにしてくださいね。
妊娠期の体重増加については、8キロは増やしたほうが良いと思います。増やさないことも、問題になることがあります。
このことが低栄養の状態を引き起こすこともあります。


また、母乳が出ない人というのは1%いるかいないかだそうです。
また母乳をしっかり出す、母乳90%(母が出かけるときのみミルクなど)にもっていくには、
生後30~1時間以内での、カンガルーケア・同時に母乳を口の周りに付ける・飲ませる

このことをしないと、数時間後授乳する際に、赤ちゃんがおっぱいに向いてくれません。
やりにくい状態が続くのです。

だから、母乳がでないんだ~~となり、おっぱいにメモリもついていないのに、出ないと勝手に判断します。
こうして母乳育児ができないのです。三重はとくに母乳を推奨している産院がありません。
鈴鹿の助産院では、母乳育児をしたいと申し出れば可能かもしれません。基本的に、三重県内ではお母さんのほうが母乳・母体について詳しい知識が先に必要となります。
帝王切開でも、母乳育児をさせてくれる産院もあります。
生死にかかわる事情がなければ、基本は自然分娩(助産院でも産めるように健康に気を付ける)です。
生まれる日にちは、子どもが決めるのです。子どもが生まれてもよい体調になるまで、安全な子宮内で成長をするのです。
それまで、待たないといけないのです。日程通りに産ませる、陣痛促進剤は非科学的だと思います。
事情がある場合は、お腹に話しかけてみてください
きちんと腹の赤ちゃんに向き合えば、答えてくれるはずです。生まれない事情もわかるでしょう。





「「どのように育てると、どのような能力をもつ子が育つか」、個人環境のもつ影響の大きさが注目され始めた。「早期教育からⅣに入る「虐待」まで好影響、悪影響さまざまな可能性があり、その影響は複雑である。
「早期教育」の行き過ぎなどとともに、子どもを育てる女性を苦しめていることが増え、その問題点を小児神経科医、小西行郎(東京女子医科大学)が的確に指摘している。

~~~
さらに、親がストレスなどで精神の安定を欠いていると「虐待」の悲劇がおこることも脳神経科学的には十分あり得る悲劇である。これは父親など男についても言え、本来集団の存続を脅かす子どもへの虐待行為を抑制すべくヒトの男性にも備わった「赤ちゃんは可愛い、他人の子でも保護しよう」という養育本能が不全であると、虐待をしやすくなる。」


私は、有毒物質からの自閉症な症状と、遺伝な自閉症の症状とは別物だと考えています。
症状が同じなので、診断名が同じになってしまうのです。

しかし、昔から居る自閉症な方に、それは失礼にあたるかな。と思います。
まるで、有毒に侵された故の体・・・・という印象を受けますよね(笑)
感じ悪いですよね(;^ω^)

小さいときにしっかり育てば、本当にあとは安泰なのです。
親を捨ててわけのわからない女に走る男にはなりません。
わけのわからない男と結婚することもありません。

世間は、逆で手のかかる小さいうちに親が楽をできるような風潮を作りますよね。
でも、違うのです。ママ友トラブルになっている暇がないのです。
幼児期など、あっという間なのです。あっという間に、しっかり向き合って子育てしませんか?












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01.12
Tue
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3歳の男の子です。1年生でもできない子が多いです。


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01.13
Wed
何のために結婚するのか?
結婚しないといけないから?
親に子どもを見せるため?

違いますよね。単純なことでないのです。

結婚式をしないという選択も、どうかと思います。
きちんとしたけじめですからね。

子どもにいざ聞かれたとき、どう答えるつもりなのでしょうか?

結納・結婚式の費用を女性側が多く出させる男性とは、結婚してはいけません。







女の子のアスペルガー向け教育~道徳心のない男性には近づかない・近寄らせない~



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01.21
Thu
DV(ドメスティックバイオレンス)とは、殴る蹴るなどの肉体的な暴力を受けることいいますが、モラハラは 、精神的なDVのことで、その被害者は、心理的に追い詰められ、心を病み、生きる気力をなくすほど精神的な打撃をうけることも少なくありません。


モラハラ気質の人間に会ったことのない人が不思議に思う

“なぜ付き合う前に気が付けなかったのか?”ですが、これは当事者になってみないとわからないのですが、最初は本当にわからないのです。
モラハラの加害者は、他の人間に対してはものすごく外面(そとづら)が良く、良い人であることも多いと言われています。
彼らが修羅の顔を見せるのは、自分が完全征服し自分の支配下においた者のみ。それは、家族だけであったり、恋人だけであったりします。

他の人にとっては“とても良い人”なので、モラハラ被害の事を人に相談しても、反対に「あなたも(が)悪いんじゃないの?」と思われたり、言われたりする。-これをモラハラにおける2次被害とよく呼びます。
そうなると被害者は誰にも言うことさえ出来なくなり、孤独と自尊心をボロボロにされる恐怖に発狂していきそうになりながら、それでもモラハラの加害者から離れられない“共依存状態”となって行きます。

共依存状態を断ち切る経験をしてきた私たちは、相談にある1文や1語を見聞きするだけでも、相談者の相手にモラハラ気質があることを見抜けるようになりました。

モラハラ被害を水際で食い止めたい!ということで、モラハラ男を見抜く方法をぜひ知ってもらいたいと思います。

モラハラ男を見抜くポイント

彼らは上手にモラハラ気質を隠してはいますが、言葉や態度、行動のあちこちにその片鱗を見ることが出来ます。


尋常でない尊大な態度-友人や同僚をけなす&見下す。店員さんなどに対しての言葉使いなど
自己顕示欲が強い-仕事が出来る!や、オレは偉い!など
友達がいない-1人もいないことも多い。
許容力が皆無-こちらがどれだけ謝っても許せない。
プライドが高い-自分が常に1番。世界の王だと思っている。
笑われることが嫌-劣等感が強いため、人から笑われることを気にする。
劣等感が強く多い-劣等感の部分があまりに多いので、なにが地雷なのかわからない。
怒りの沸点が異常に低い-ネットのダウンロード時間がかかる!といって怒り出す。など
自分がすべて正義-自分以外はすべて悪。絶対に謝らない。
気分屋-機嫌がすぐに悪くなり、無視を始める。など
異常な嫉妬-異性関係への嫉妬だけなく、自分よりも優れたものをもっているものすべてに対して。
アブノーマルな性癖-征服欲を掻き立てるためなのか、変な性癖があったりする。

と、だいたいはこういう部分でモラハラ気質を見つけることが出来ます。

しかし、好きになってしまうと、こういう部分を見逃してしまったり、違和感があるのにスルーしまうのも恋は盲目というものですが・・・少しでも『あれ?なにか違う??』と思ったときに立ち止まり、よくその部分を見極めて欲しいと思います。


モラハラ気質を増長させる女

実際、こういう女性もたくさんいます。

嫌われたくないから、何を言われても言い返せない。
尽くすのが好き
この人には私がいなければ。や、この人を理解できるのは私しかいない。と思う
私がすべて悪いから、怒られても仕方がない。などなど

モラハラの被害者は、優しく、穏やかで、人に尽くすことが好き。良く気が回り、人の気持ちが読める女性。がなりやすいと思います。
そして、こういう女性とモラハラ気質を持っている男性が出会うと、それまでモラハラの気のなかった男性を立派なモラハラの加害者に成長させてしまうことも ・・・モラハラ男を自らが作らないためにも、自分にプライドを持つこと!
モラハラ男にけなされたり、怒鳴り散らされたりするような女ではない!と強く思うこと。が大事です。

どんな人間であろうと、同じ人間を貶(おとし)めたりコントロールをして自分の思う通りにしてはいけないものです。
自分のプライドを大事に、しっかりと持つこと。
理不尽なことを言われたり、されたりしたときに毅然(きぜん)とした態度でNO!!と言えること。
そして、モラハラだとわかった瞬間に離れる勇気を持つこと!

直前に書いたような「パートナーの女性が作ってしまう一過性のモラハラ」
ではなく、さらに上に書いた、
「尋常でない尊大な態度をとる」などの特徴を持つ「真性のモラハラ」は、まず治ることはありません 。

もちろん本人がそのことに気付き、専門家の元で治療して行くことが出来るなら治らないものでもありませんが・・・真性のモラハラ加害者は、人格障害を伴っていることも多いので、ほとんどのモラハラ加害者は変わることも治ることもないと言えます。

とにかく自分ををしっかりと持つ!!
これがモラハラ男から身を守るために、そしてそういう男に引っかからないために一番重要なことだと言えます。


今すでにモラハラ男性と付き合い、離れられない人へ

世の中には、怒鳴り声を聞くこともなく、毎日顔色をうかがいながら暮らす必要もない男性が星の数ほどいます。

長年の共依存のせいで離れるのが怖い。
でも修羅の顔の彼や夫が本当の姿です。
もっと優しい、穏やかな男性はたくさんいますよ。
今あなたが住む苦悩の世界から、モラハラの支配のない明るい世界へ羽ばたいてください。
ほんの少しの勇気を持つだけでそれは可能です。
自分を救えるのは自分のみです。
モラハラ被害を受けている世の中の女性が、少しでも早く自由になれますように。








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01.21
Thu
「生活の花束」
創造的人生への提言

池田大作

新装改訂版

海竜社


「次に身近な教育の場といえば、なんといっても大自然そのものである。北風とたわむれる少年の鋭敏な皮膚は、日一日と高くなる日差しのなかで、自然の律動を感じとっていくものだ。湖水のように澄みきった少女の瞳は、冬の立ち枯れた雑草の間に、初々しい顔をのぞかせる若草の芽に、生きとし生けるもののたくましい胎動を見逃さないであろう。

私が少年時代を過ごした羽田近辺は、以前は豊かな自然が広がっていた。そこを舞台に織りなされる四季変転のリズムに、私は小さな胸をとどろかせながら育った。光る海と紺碧の空、緑の萌える田園は、かけがえのない友であった。地方出身の都会の人が描くあのふるさとのイメージである。

寒風にのせる凧あげ。早春の陽光を浴びつつの野原での駆けっこ。夏の照りかえる日差しのなかでのセミとり。紅葉したモミジの下での虫とのたわむれ・・・。

幼き日の思い出には、必ず自然が背景にあって鮮明な色彩感を与えている。私にとって自然は、なにものにもかえがたい”教師”の役割を果たしてくれたような気がする。

フランスの思想家ボルテールの言だが、まさに
「自然は人間の施す教育以上の影響力をそのうちにいだいている」
のである。
大自然の美を感受する心、生あるものへの親しみの感情、荘厳な天地のドラマへの畏敬の念、人間と自然の調和・・・これらを豊かにはぐくむのも、人生のこの時期が一番であろう。

情緒、情操の形成といえば、すぐさま音楽や絵画、踊りなど稽古ごとを引き合いに出す人もいるだろうが、生きた自然との生命の交流はたんなる技術的な教育の枠をはるかに超えていると、私はひそかに確信している。

より芳醇な情緒の源泉は、四季のドラマを演ずる大宇宙そのもののなかに息づいている。子供たちは、もともと動物や植物が大好きで、山や川へ本然的な情愛を覚えている。そうした生来の心が、セミやカブトムシの昆虫や桜や柿との接触を通じて、見事な情操として花開いていくのである。

ある少年は、草の葉のそよぎに、妙なる音律を聞くだろう。富士と桜に魅せられた少女の胸には、その美を表現する詩と絵画への眼が養われることだろう。夜空を飾る星の輝きを仰ぎみる子供の心には、宇宙の限りない奥深さと美への憧憬が大いなる夢をもって広がっていこう。

子どもたちは自然との無邪気なたわむれをとおして、自らの情感を豊かにしつつ、なによりも生きとし生けるものの真実の姿を、その生命に焼き付け、生命の鼓動を尊んでいくことであろう。

身近な一本の草も、大地と陽光と水滴に連なり、一匹の小動物も雑草と空気と無数の微生物がささえている。山々に降る雪は、春を待って川をくだり、平野を緑にうるおし、大海に流れ込む。蒸発した海水は夏空にまきおこる入道雲に変化し、ふたたび大地へ雨となって降る。

そしてまた、地球の自転と公転には、あのまばゆいばかりの太陽と月と星々とが互いに関連している事実を、大自然のふところで初めて実感するであろう。



~~~

文明は、これら少年の心に宿る貴重なものを、まったく無視しつつ今日の危機を迎えるに至ったといってよい。自然は人間にとって征服の対象であり、利用すべきものであるという不遜な価値観を転換させてくれるものも大自然の深いかいなである。

残念なことに、大人たちのつくった現代の都会生活は、少年から大宇宙に憩い、自然と遊ぶという生得の権利を、いよいよ決定的に奪おうとしているようだ。すでに大都会では、自然は破壊しつくされ、子供たちの日々の生活は大地から離れてしまった感がある。

しかし大地を離れた教育は、真に人間らしさをはぐくみはしない。
私は、子供たちに物を大切にする心、生命の尊厳にうばずく心を期待するならば、まずなによりも雄大な自然美に感動し、宇宙の律動を教えてあげるような優しくも厳粛な父であり、母であってほしいと願わずにはおれないのである。

都会の片すみでひっそりと咲く雑草に心をとめ、強風でスモッグが吹きはらわれたひとときの夜空に夢を語り、窓辺にまぎれこんだ小動物にあいさつを交わすような美しい母の心があれば、どんな都会に住もうとも、幼子を母なる自然へとおもむかせると思う。

自然略奪と物質浪費の文明からたもとを分かち、新たな大自然との共存の道を探りたいと思う。

子供たちの瞳がいつも希望に満ちて輝きつづける世界のために、次代のために、父と母は重要な役割を担っているのである。」




加筆修正しながらかいていきますね。
自然と切り離したところで、人間は育たないということですね。
習い事をすれば良いわけではありませんね。

もちろん食わせて寝せれば、体は大きくはなりますよ。
子どもは生みっぱなし、作りっぱなしではないはずですね。
最終目標は自立。
それからは?その後の人生の目的も、考えてはどうでしょうか。

だから、小さなことで悩んでいる暇がなくなるのです。
悩んでも良いですよ。人間ですからね。
でも、ママ友があーだ、幼稚園があーだ、夏休みがいやだー、冬(以下同文)、PTAがいやだー、etc
人生と何か関係あります?













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01.21
Thu
ブロマガにして販売していましたが、換金方法が複雑すぎて余分な手数料が大きすぎるため、個人から直接販売という形式にさせていただきました。また、症状の解釈を間違えたり、独り歩きしてしまうと余計な心配をさせることにもなりますので本当に必要な方のみに販売をたいという意図もあります。


なのでコピペをしていないと、読めないかと思います。
買っていただいた方は、領収などを見せていただければ再度修正した記事を送りますので申し出てくださいね

よろしくお願いいたします。



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01.26
Tue
聖教新聞 2016年1月26日
日刊

ピンクの文字が私の文章です。


善いことをしないのは悪に通ずる「応用の勇気」こそ教育の真価

~~~
教育に関しての役割

第一は、自分自身の行動がもたらす影響を正しく見定めながら、自分にも周囲にもプラスの変化を起こす力を磨く役割です。

自由保育ーーと言っても、自由とは完全に放任ではありませんね。
自由=責任
自分がすることは自由であるけども、そこに大きな責任が伴うということです。



人間の生き方には大別して3段階あるとして、
「依存的生活」や
「独立的生活」から脱却し、
「貢献的生活」に踏み出すことを呼び掛けました。

大半の女性は依存的生活ですねヽ(^o^)丿たぶんつまんない人生です。
私と関わっている方は、独立的生活です(^^♪


教育で得た知識を最大限に生かすために、「応用の機会を見出す習慣」を養いながら、機会を捉えたときには逃さず行動につなげていく。そうした「応用の勇気」を一人一人が発揮することに、教育の目的があると呼び掛けたのです。


何のための教育か。自慢?ステイタス?遺産をもらうため?
違いますよね(笑)
その人(子ども)にしかできないこと、人のために貢献できる人間に育てることですよね。周りの状況を正しく判断する能力も必要です。
幼稚園のときに、じっと座って英語を勉強することではないのがわかるはずですね。


~~~
正解のようなものを提示することではない

教育で培った”問題と向き合う道筋を見いだす力”を糧としながら、自分自身で問題解決の糸口をつかんでいく「応用の勇気」の発揮に焦点を置くべきと強調したのです。

~~~
今この場にいる自分でなければ発することのできない言葉や行動が生み出す「価値創造」の意義が、いやまして輝いてくると思うのです。

自由保育の一番の目的はここにあります。
自分しかできないこと、自分がやって見せると、気軽に訓練できるのが自由保育なのです。
周りの保育者にもスキルが必要になります。



①自分を取り巻く社会の問題や世界が直面する課題の現状を知り、学ぶ。

先生や親の顔色をうかがいながら、大人の言う通りにおりこうに生活することではないですね。
しかし、時に黙って指示をきちんと聞かないと、先生の知識をいただくこともできないですね。
このあたりのバランスですね。
幼児期、学童期・・・その年齢によって、しなければいけない生活があります。



②学びを通して培った、人生の座標軸と照らし合わせながら、日々の生き方を見直す。

スポーツをやっているからといって、勉強時間も寝る時間も遊ぶ時間も削って、練習に打ち込むこととは違いますね。
試合で土日をつぶすこともちがいますね。
かといってだらだら打ち込むことでもないはずです。
本を読む時間、寝る時間、お話しする時間、考える時間、ぼーっとする時間・・・・どれも成長期には必須なのです。



③自分自身に具わる限りない可能性を引き出すためのエンパワーメント。

自由保育の目的です。


④自分たちが生活の足場としている地域において、具体的な行動に踏み出し、一人一人が主役となって時代変革の万波を起こすリーダーシップの発揮。」



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