01.26
Tue
聖教新聞 2016年1月26日
日刊

ピンクの文字が私の文章です。


善いことをしないのは悪に通ずる「応用の勇気」こそ教育の真価

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教育に関しての役割

第一は、自分自身の行動がもたらす影響を正しく見定めながら、自分にも周囲にもプラスの変化を起こす力を磨く役割です。

自由保育ーーと言っても、自由とは完全に放任ではありませんね。
自由=責任
自分がすることは自由であるけども、そこに大きな責任が伴うということです。



人間の生き方には大別して3段階あるとして、
「依存的生活」や
「独立的生活」から脱却し、
「貢献的生活」に踏み出すことを呼び掛けました。

大半の女性は依存的生活ですねヽ(^o^)丿たぶんつまんない人生です。
私と関わっている方は、独立的生活です(^^♪


教育で得た知識を最大限に生かすために、「応用の機会を見出す習慣」を養いながら、機会を捉えたときには逃さず行動につなげていく。そうした「応用の勇気」を一人一人が発揮することに、教育の目的があると呼び掛けたのです。


何のための教育か。自慢?ステイタス?遺産をもらうため?
違いますよね(笑)
その人(子ども)にしかできないこと、人のために貢献できる人間に育てることですよね。周りの状況を正しく判断する能力も必要です。
幼稚園のときに、じっと座って英語を勉強することではないのがわかるはずですね。


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正解のようなものを提示することではない

教育で培った”問題と向き合う道筋を見いだす力”を糧としながら、自分自身で問題解決の糸口をつかんでいく「応用の勇気」の発揮に焦点を置くべきと強調したのです。

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今この場にいる自分でなければ発することのできない言葉や行動が生み出す「価値創造」の意義が、いやまして輝いてくると思うのです。

自由保育の一番の目的はここにあります。
自分しかできないこと、自分がやって見せると、気軽に訓練できるのが自由保育なのです。
周りの保育者にもスキルが必要になります。



①自分を取り巻く社会の問題や世界が直面する課題の現状を知り、学ぶ。

先生や親の顔色をうかがいながら、大人の言う通りにおりこうに生活することではないですね。
しかし、時に黙って指示をきちんと聞かないと、先生の知識をいただくこともできないですね。
このあたりのバランスですね。
幼児期、学童期・・・その年齢によって、しなければいけない生活があります。



②学びを通して培った、人生の座標軸と照らし合わせながら、日々の生き方を見直す。

スポーツをやっているからといって、勉強時間も寝る時間も遊ぶ時間も削って、練習に打ち込むこととは違いますね。
試合で土日をつぶすこともちがいますね。
かといってだらだら打ち込むことでもないはずです。
本を読む時間、寝る時間、お話しする時間、考える時間、ぼーっとする時間・・・・どれも成長期には必須なのです。



③自分自身に具わる限りない可能性を引き出すためのエンパワーメント。

自由保育の目的です。


④自分たちが生活の足場としている地域において、具体的な行動に踏み出し、一人一人が主役となって時代変革の万波を起こすリーダーシップの発揮。」


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