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11.12
Thu
最近では先取り学習が大流行です(笑)

うちもしていますが、
幼児期のたくさんのゆったりした外遊びの生活で、もっと学習したいという地頭になったからしているだけ

なんですよね。

まさか、学校で困らないためにしているわけではありません。
当たり前ですよね。

また、こういった地頭になっていない状態で、無理に先取り学習をさせても、
該当学年になったとき、すっかり忘れています( ;∀;)

残念ながら・・・・ということです。

だから、「過去の栄光」
などという比喩ができたのでしょうね。

学習をさせたいのであれば、その分ゆったりした時間・人工的でない遊びを保障しないといけないということですね。
妊娠中はどうでしたか?
「無事に生まれればそれでいい

と言っていませんでしたか??

それがいざ生まれると・・・

「私が俺が思ったように育っていない!」
「あれがいやこれがいや云々カンヌン」

あれ?無事に生まれればよかったのでは??

言動が二転三転する親御さんのもとで、先取り学習なんてできるはずがないです。











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04.09
Thu
虹色教室通信からコピペさせていただいた記事を抜粋しました。
こういった環境が当たり前になってしまって、本来の”人間育て”はどこへ行ったのでしょうか。

幼児期から、
「読み書きできて当たり前」
「足し算引き算できて当たり前」
「小学校で泳げないとかわいそうだからスイミングへ」

健常児・障がい児関係なく、こんな忙しい幼児期を過ごしてきた子は、せっかく持っている潜在能力を発揮できないままになります。
1年生で、延々と読み書きから始まるんです。幼稚園や保育園は頑張る場所でなはなく、
沢山遊ぶ場所
です。
頑張る場所ではありません。
習い事に少々入れるのはかまいませんが、その動機ですよね。短絡的ではないか、よく親が考えないといけません。


それぞれのお母さんが大人同士のおしゃべりに夢中で、
1時間半ほどのサークルの間、子どもは眼中にもない様子でした。
積極的な子たちは走り回って、他の子のおもちゃを奪い取ったり、
赤ちゃんをつきとばしたり、ただ走り回ったりしていて、
おとなしい子は、騒がしい空間で、何をするでもなく座ったまま宙を見つめるか、お母さんたちがしゃべる様子をぼんやり見つめていました。

私が、ぬいぐるみの犬にシャワーをかけてお風呂に入れる真似を始めると、
子どもたちはいきいきとした表情を浮かべて、
犬を風呂に入れたり、拭いてやったりして遊びだしました。
また、文字積み木で図書館やレンタルビデオ屋さんをはじめると、
喜んで借りにきては、
ビデオを見る真似をしたり、
本を選ぶ振りをしたりして楽しそうに遊びだしました。

すると、その様子を見た親たちが、
しぶい顔をして、子どもをにらみつけたり、
暗い表情で、子どもを呼んで、「あの子と遊んじゃだめって言ったでしょ」と耳打ちするのです。
親同士、仲が良いとか悪いとかがあるようなんですね。
仲の悪い親の子どもとは遊ばないようにしつけているようなのです。
それと、
子どもが楽しそうに遊ぶのなんて、まったく無意味で、
先生として参加してくれるのなら、
音楽とか英語とか教えてくれたらよいのに……と思っているのが伝わってくるのです。

案の定、集団でする体操の時間や鈴やタンバリンを鳴らす音楽の時間になると、
お母さんたちの視線はわが子に釘付けになって、
あんなに無関心だったことが嘘のように、今度は一挙一動のミスも、他の子より遅れている部分も見過ごせないわ~という
雰囲気になっていました。
携帯で写真撮る方も多かったです。

気になったのは、多くの子が、
お母さんとまなざしで会話する姿が見られず、
親を振り返りもせずに、
まるで動物のようにうろつくときと、
親の視線が自分の注がれる場面では、
他の子と比較しているのを察知して
顔をこわばらせたり、目をパチパチさせたり、親の目を恐怖に見開いた目で見つめ続けたり、
それかまなざしは感じているはずなのに全く無関心な様子でお遊戯中もイスにのぼったりする姿があったことです。

こうした親子の姿は、あまりめずらしいものではありません。
いろんな子育て支援の場に参加しましたが、どこに出かけても、
「子どもを他の子と比べる場面以外では全く無関心、子どもは視界の外」
という親の姿は、
多数派でしたから。

おそらく今の日本の子育ての定番の形なのかな?

とも感じています。

子どもの側もそれに適応していて、
親に無関心か、自分の要求をかなえる道具として認識しているように見えます。
ですから、子育て支援の場で30組以上の親子が集まると、
殺伐とした空気が流れているんですよ。





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04.01
Wed
母親の方が、早期に困り感を気づきやすいです。
なので父親・祖父母には困り感は気づかれにくいです。

また、IQが高い(80以上)困り感のある子ほど、気づかれないです。
低い子は、気づかれやすいので教育には入りやすいという特権があります。

母親と、父親の教育(療育)方針が違うと中々効果も期待できません。両親が拒否するより、数倍マシなのですが。

その子のありのままを受け入れることと、
教育次第で伸びることも、実行しないこととは


全然違います。

ありのままを受け入れることは当然大切です。
でも、
子ども本人がそれを望んでいるのでしょうか?ということです。
療育なんかしたくないなあ~このままでいたいなあ~と思っていると思われますか?


何か違いますか?

お父さん、ありのままを受け入れてくれてありがとう、と言うかな?

当事者ブログなどを拝見すると、
「療育してほしかった」

と殆どの方が書かれていますよね。
私もそう思います。

常識をしらないまま、誰が大人になりたいかな?

然るべきときに、勉強し、自立をする・・・本人もそう望んでいるのではないでしょうか?常識が自然と学べないということは、嫌な思い出を積み重ねていくということでもあります。
また他人に迷惑をかけることも、多くなります。













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10.13
Mon
随分とお久しぶりになってしまいました。

うちを利用してくださっている方々に、今は本当に助けられています。
お子さんの症状は千差万別ですが、かなり癒されています

今日は1人の子どもや1つの症状で書いていくのではなく、トータルでほかのご家庭にも通じることを書いていきたいと思います。また、親御さんへのダメだしではありません。
遊びに価値を置いてない親御さんへは、ダメ出しになるかと思います。

最近では「早期教育」「知能アップ」などと子どもに教え込んだり、子どもが小さいうちから色々できるようになることを良しとする風潮がありますね。
それゆえ、子どもがぐちゃぐちゃにして遊んでいると、
「無駄な時間」
「意味がない」
「そんな時間があったら習い事に行かせたい」

などと思う大人が大半でしょう。

また、知育グッズが盛りだくさんですね。
図鑑にしろ、DVD、図鑑にもDVDがついているものもありますよね。
幼児期の子どもの素朴な質問に対し、今の時代は、親御さんが感性豊かに応えられない時代になっていることがとても危険だなあと思っています。

教室の子どもだけでなく、色々な子どもが言うようになったこと・・・
「スマホで検索してみたら?」

何かわからないことがあると、こうやっていう子は増えているように思います。
これは完全に、おうちでそうしているからでしょう。

子どもは全部親御さんの真似をしていきます。
親御さんのすること=常識
としていきます。

子どもが何か疑問にぶつかった時は、簡単に検索してしまわずに、図鑑・図書館で調べるとか、その場所まで行きとことん観察するなどの、昭和な調べ方を推奨しています。
昭和な調べ方をしていると、習い事などをしている暇がなくなってきますね。
ここが習い事オンパレードなおうちと、ロハスでも子どもがすくすくと育っているおうちとの違いですね。

児童館・幼稚園・保育園・サークルなど子どもが集まる場所でも、ただ遊ぶだけではダメ・・・といわれてしまう時代ですから、ぜひうちと関わっている方だけでも、遊びをとことんしていき、知能が上がっていく様子を見守ってくださると嬉しいです。

また先日もアドバイスさせていただいたのですが、子どもの質問に応える際、どこまで応えるか・・・
「最近接領域で判断すること」
をお伝えしました。
理解できそうであるな・・・と判断したときには、正答を言ってしまうこともありますし、まだ理解できそうでない時には、
わざわざ考えさせるようなことを問いかけるようにしています。
「さあ~どうしてだろうね?先生わかんない~○○くんはどう思う?」
などと答えを言いません。

・拡散思考を促す
・たくさん意見をいわせることで、言語訓練にもなりますね
・自分の気持ちを言葉で表す(アイデンティティの獲得・言語・自分の内面を知る)


様々な教育の効果が期待されますね。
これが本来であればおうちや幼稚園などで出来ていたはずなのですが、今の時代では中々できていません。
親御さんが時代に流されずに、自然な発達(結局は高度な発達)を見守るしかないかなと思います。


また子どもの作品や、採ってきた昆虫・木の実などをどう扱っているか。
幼稚園などでも今であればどんぐりや色々拾ってきますよね。
そういったものを、すぐに捨ててしまったり、子どもの目の前で捨てることをすると、大人からしたらいらないものではあるのですが、子どもはそのまま
「こんなもの拾っても価値はないのだ・自然には価値がない・自分の作るものには価値がない」
と解釈してしまいます。

一部のお子さんでは、本当は持って帰りたいのだけど、ぽいっと捨ててしまう場面が目立つ子もいました。
また親御さんのお話では、飽きっぽいとのことでした。
私が連れて行く公園ではどんぐりどころの話ではないので、たくさんの見たことのない木の実・昆虫・植物などがあります。
なので幼稚園や保育園での園外保育どころの話ではなく、子どもが驚くことは想定内で、すでに園にかよっているお子さんであればすごく珍しがったり、驚きます。

子どもは本当に大事そうに、拾ったものや作った作品を大切にしようとします。
その場限りではなく、何日も眺めては、これはいつにつくったもの、いつ誰と拾った・・・と思いを巡らせたり言葉で伝えてきたりします。
そうして親御さんにも、自分の関わったただの木の実でさえも大切にしてもらって一緒に興味を持って眺めることで、
「自分は価値のある人間だ」
「この木の実・作品には価値があるのだ・もっと知りたい」

という知能アップに繋がっていくのだと思っています。

ご家族の協力がないと難しいことでもありますが、まず子どもの作品をすぐに捨ててしまうことを賛成すること自体、考え直さなければいけないことだとは思いますが頑固なお父さんの思考を変えることは難しいので、まずはお母さんから変えていかれるだけでも違うと思います。
少しのスペース、で良いので少しずつ子どもが取り組んだ証を残してあげる家庭にできると良いかなと思います。
両親がそうであれば尚良いのですが、どちらかの親御さんだけでも、子どもには良い影響を与えると思っています。

長くなったので次回は愛着についてかいて行きますね。


















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08.16
Sat
先日は、夏休みということで私の子どもらを時間があれば海や山へとつれいっています。
先日は、うちらにビンゴな海をみつけました。
ビンゴな・・・とは、
・遊んでみたいと思える場所
・ずっと飽きるまで遊んでみたいと思う
・手付かずな自然が残っている
・自分の好きなように遊べる場所

などです。外遊びが豊かであれば大体こういうことに興味を示すだろうと思います。
決して遊園地のような人工的な場所ではありません。

たまたま見つけた海で、何時間遊んだと思います?
9時~18時ですよ。
会社かっ

9時間、外遊びをしたことがありますか?

外遊びをすると、心が落ち着き(情緒安定)、遊んだあとは頭を使うことを好みます。
結局、遊んだぶんだけ、IQが上がるということです。
情緒が安定するということは、遊んでくれた人に対し、敬うことができるということです。
しっかり親孝行も出来る子になるでしょう。
これだけお返しがあることを、ただ単に”しんどい”と片付けることができますか?

逆に言えば、外遊びをしないと、頭を使うことを好みません。
遊びと能力が上がることが比例している年齢が、7歳くらいまでだということです。
それ以降ですと、無駄ではありませんが伸びが緩やかになってきます。
でも決して無駄ではありません。小学生のうちはどんどんこういった遊びをさせると良いと思います。

何も9時間遊べといっているわけではありません。
子どもの年齢・きょうだい・健康状態・様々な要因が重なっているわけですからいきなり9時間は無理ですね。
それを可能にしていくために、生活改善などの協力を親御さんにしているわけです。

何が言いたいかと言いますと、さくらいちご教室に通わせれば、私に来てもらえば、障害が治る・・・ということではないということです。
もちろん私はそのように教育していきます。
それプラス、親御さんの遊び、生活改善、食育、生活習慣、障害受容、これらの協力なくしては障害の子のIQをあげたり、健常域にすること、言葉が出ない子の言葉を育てることはできません

そのために、親御さんから生活状況をお聞きしたり、おうちでの状況もお聞きしてそれを踏まえて教育に活かすわけです。

世間で流行っている習い事で、ここに通えば○○になる!
などという謳い文句の教室ではないということです。

もちろん今来てもらっている方は、覚悟をして私と関わっていらしゃいます。
親御さんの体調が良くない方にも、そんなに厳しいことは言いません。

しかし、頑張らないといけない時はある・・・ということです。
休む時は休み、頑張る時は頑張るということです。休みっぱなしの人が、うちの教育には合わないということです。

うちの教育はしんどいものではなく、外遊びをしない地域性ですとしんどいと感じることでしょう。
しんどいと感じさせなくするために、生活改善・意識革命を私はしていってます。
外遊びは当たり前な事ですからね。


また、他の療育機関と違う課題を出すことも多々あります。
一緒でしたらわざわざ自宅教室をリスクを負ってまで立ち上げることもないですよね。
私のスキルで少しだけお金をもらえるまで行けたかな・・・と思っているので、わざわざ起業をしました。
他の療育機関のパクリでしたら、築年数10年もたってない自宅を開放することなんて、しないほうがマシですよね。
家も傷みますのでね。
また、他の療育に行くことを禁止してもいません。
当たり前なのですが。。。

家が傷んでも良いから、私の教育で少しでも健常域になり、生きやすく、その子の持っている能力を生きているうちに最大限に活かせたらいいな・・・と思っているから、わざわざ起業しました。

頑張りましょうね。

※スケジュールに関しては、入力が遅くなるかもしれませんので9月以降のスケジュールがお決まりの方はメールを入れておいてもらえば大丈夫ですのでね。




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06.02
Mon
最近では、遊び遊びとくどくど言っていますし遊びが重視されてきてはいると思います。
健常児の教育にしろ、療育での遊びにしろ、

「どうしてこの遊びを充実させないといけないのか」

ということを、保護者から質問された時に、しっかり答えられる教育者でないといけないと思っています。

「それが成長させるのだから、黙ってついてこい」
では、いけないと思うのです。

しかし、
「この遊びをしたら、明日にはIQが10上がる」

などという短絡的に答えることではありませんよね。
見た目で判断出来る材料だけを持ってきて説明してはいけなく、なぜこの遊びをするのか・・・
ということを、親御さんにわかりやすく伝えていかないと、結局自宅に帰ってそれができないままでいれば、教育の効果も半減してしまうのではないでしょうか。

見た目で判断出来る材料も時には必要ですが、その前に教育に対しての考え方を伝えていくことと、それを自宅でも実践できるようにすることが重要なのではないでしょうか。

本来は教育も療育も楽しめるはずなのです。
そのことを伝えるのも、指導者の役目ではないでしょうか。




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05.16
Fri
高機能児はオウム返しを応用する・・・といえども、
「療育・教育をしっかり始めた子は、ぐんと伸びる」

という現実です。
伸びない子は、
「この子は障害なんてない。ママ友にも普通って言われたわ」

と都合のいいことだけを聞き入れ、教育を拒否することです。

ただ、療育終了が7歳以下で始めた場合はグングン伸びていきますが、7歳以上ですと伸びがあまり激しくはありません。
といっても伸びないわけではないのです

なので・・・発見が遅れた長男も8歳くらいから試行錯誤の教育をしてきましたが、申し訳ありませんが(?)障害域とは言えなくなって来ています。
ワーキングメモリが低いな~という感想も、WISC4のIQ120前後の下の子らと比べてのことです。
120の子と比べて低いな~~とはどういうことか、お考えくださいね。

言語も、オウム返しを応用するばかりでなく、自分の意見くらいは持っていますし、言えます。
最近の子は、軟弱なのでその中に居れば、本当にわからないでしょう。
逆に健常児ではあるが、軟弱な子が気になります。

また、高学年あたりになると親には言いたくないことなども出てきます。これも、配慮してあげないと心に問題を抱えてしまうのではないでしょうか。親は根掘り葉掘り聞きたいのはわかりますが、そこをぐっとこらえて本人が自立するのを妨げてはいけないのではないでしょうか。
教育産業により、会話会話・話しかけ話しかけと言い続けられてきて、間違った会話をしてしまっている家庭が多いな・・・と感じています。

自分の私利私欲にために、子どもの行動を聞き出す行為になっていないか。
本当に子どものことを思えば、手を離す(黙る・過干渉にしない)ことも必要な時期があるのではないでしょうか。

自分の周りの人を傷つけていないか。
自分たちだけが幸せで良いのか。

ただ単に会話をすれば良いというものではありません。それで子どもがまともに成長するか・・・という単純なことではありません。
また、野放しにすることでも、ありませんよね。
あなたは健常なのよ。と押し付けることでもありませんよね。

子どもとの会話にも、知恵と工夫が必要なのです。

また、教育といえども、教えれば良いということでもありません。そんなことは杓子でもできます。
人間の教育とは、様々な工夫を凝らし、知恵を働かせて自分の都合の良いことばかりを取り入れずに、聞きたくないこともしっかりと聞き、柔軟に対応していくからこそ、嬉しい結果(子どもの真の成長)があるわけです。



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05.08
Thu
虹色教室通信からコピペさせていただきました♪

私もこれだけ子どもとの遊びに没頭していると、遊びが、ただの創造性や自尊心が向上する・・・それだけではないな~~と思っていて、でも誰もそんなこと言わないし、巷では子どもの遊びは無駄・などと言われて、言語化できずにしようともせずに
しかし、インプットを0にする・ということではないと思います。タイミングや量でしょう。



「早期教育で失われるもの 早期教育が悪い影響を与える時2」
早期教育で失われるもの   早期教育が悪い影響を与える時  1 の続きです。

『早期教育をまじめに考える本』 (小宮山博仁著  新評論)には、

「早期教育で失うもの」として次の3点を挙げています。




①遊び

②協調性

③他人の気持ちを理解する




↑の3点って、たとえ早期教育をしなかったところで、

現代の幼児が暮らしている環境で失われていくもののようにも思えます。

早期教育を強く意識した環境だと、それに輪をかけて

失いやすいものなのかもしれません。



それでは、『早期教育をまじめに考える本』 に書かれていたことをひとつずつ取り上げて

少し要約して紹介しますね。



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<早期教育で失うもの>

①遊び 

教育熱心な人ほど、どうも子どもの遊びを軽視する傾向が強いようです。

幼児の遊びは、大人の遊びのように暇をつぶしや無駄な時間ではなく、

幼児の生活そのもので知能や精神的な発達に

欠かせないものといって過言ではありません。

発達心理学者のシミランスキーは、次のように言っています。

「象徴遊びやごっこ遊びを全く子どもにさせなかった家庭の子どもは、

知的発達に遅れが見られた。

象徴遊びは、従来考えられてきたように、創造性や自己表現力を養うのに役立つものというよりは、

一般的な知能の発達を促すのに必要なものである。」

象徴遊びとは、積み木を電車にみたてて、電車ごっこをしているような遊びです。

また心理学者のO・K・ムアは、こう言っています。

「規則性を発見し利用することを楽しむ『パズル』は自然科学的な態度を養うものであり、

簡単な規則に従った↑でのプレイヤー同士のかけ引きを楽しむ『ゲーム』は社会科学的なものの

見方を養うのに役立つものである。」



もうひとつの遊びの効用は、集中力を養うことです。

遊びのエネルギーが勉強のエネルギーに代わるようにするには、幼児の時に徹底的に遊びに熱中させることが大切です。

何時から何時までは何、というような細かいスケジュールは作らないでください。

そうした時間の過ごし方をする幼児は、落ち着きがない

集中力が欠けた子どもになってしまいます。




           『早期教育をまじめに考える本』 (小宮山博仁著  新評論)

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02.15
Sat
①近年の子どもの運動能力や社会性が低下している・とよくニュースや色々な場所で言われているようです。そう言ったことは、専門家ではなく、実際に子育てに関わっている方々が、一番よくわかっていることではないでしょうか。

また、ある論文では、肥満が増えている、親世代も運動能力が低い、などと書かれていますが、その原因が食生活の低下、体を動かさないライフスタイル、などと。

でも、私からしたら、体を動かさないライフスタイルにしたのは、誰か??何が原因か?ということ。
食生活では、低下どころか少子化になった影響で一人の子どもを丁寧すぎる育て方が蔓延し、逆に向上しているのではないか、と思っています。家庭菜園の普及など。

子ども観については歴史も色々あり、子どもを自由にしておくと、将来ろくでもない人間になる・という考えが今の日本では大きいようです。なので、必然的に、極端にいえば0才から、「しつけ」を重視してしまう風潮のようです これが、「0~8才の子どもの遊び」よりも前にきているから、おかしなことになるんです。
(こう言った事がよくわかるおすすめ映画「少年マイロの火星冒険記」
大人にとって都合のいい行動をしない男の子は、捨ててしまう・女の子だけいいなりにさせる為に自由を奪い教育をしていく・・・という火星の世界の映画。ハッピーエンドなので子どもと一緒に観れると思います)


そして、言うまでもない、遊ぶ場所がないということ。
どこに、広いアスレチックや、花摘みをしてもいい山がありますか。思い切りボールを蹴れる場所がありますか。マンションの庭で思い切り遊べる環境でしょうか。
狭い、球技禁止の公園はよくありますが。

またそれを逆手にとって、わざわざ「運動習慣をつける」ための施設が急増するなど、矛盾ばかり。私は矛盾だと思うし、それで儲ける事をするのは矛盾をさらに大きくしてしまう・と思っています。しかし、都会ではどうなんだろう・という疑問もまだあります。都会には住んだことがないので一概にはまだ仮説もできない状況ですが。

保育施設では沢山の「保育課題」をこなすので精一杯で、子どもの遊びをゆっくり見守る・ごく当たり前のことが、本当にできているのでしょうか。大人が考えるゆっくりと、子どもが考えるゆっくりは、全然違います。
そして、特に0~8才までの遊びって、時間がとてもかかる・ことでもありますね。大人からしたら無駄にも見えたりします。でも、そういう間に運動神経や、能力が養われている・という事を忘れてはいけないし、でもそれだけを思いすぎて、「これだけ遊んだんだから、デキるに決まっている・できてほしい」
「うちの幼稚園の子はこんなことができる・あんなことができる・と、世間にわかってほしい」
などと思うのは仕方ないかもしれませんが一旦「欲目」を捨てて子どもと一緒に今の時間を楽しむ・という気持ちが大切なのではないかなと思います。


②自由遊びとは、「何も教えない」ことではなく、言語には中々できない部類ではないかなと思っています。
子どもと一緒に過ごしている、お母さん方はわかりやすいと思いますが、24時間、「良いよ~」とは言ってられないですよね。
だから、遊びの時間くらい良いよ・と言いたい思い。それくらいの割合で、いいのじゃないかな・と感じています。


しつけは、「遊び」を十分したうえでの話だと、思っています。難しいのは、子どもが遊びきったな・・・という気持ちがわかるかどうか。ですよね。わからなくても、模索していく中で、いい結果として現れていくのではないかなと思います。それが、子育て・なのですから。
こういう事は中々言語にできないかもしれないなと思います。

遊びの前に、「愛着形成」もありますね。

私は、長男が沢山の保育園幼稚園にいっている中で、子どもらがあまり楽しそうでない場面や、義理で何かをしている風景、そういうのをどうしてそうなるのかな・と考えを深めて自分の育児の参考にしています。幼児が、そういった場所で義理で遊ぶ風景ほど、おかしいものはありません。
もちろん、いい場面も沢山ありましたが、私からみたら子どもには不都合なことが多かったと感じていて、次男三男の子育てには工夫を凝らしてきました。


運動神経の発達について調べると、難しい言葉がいくつも出てきました。
過程評価と結果評価。危険察知能力と回避能力・・・・わたしはこういう文字をみると構えてしまったり、ちんぷんかんぷんにもなります。一番自然な子育て・人間教育をしているのに、ガチガチに構えてしまってはいけないかなと。
発達段階に応じて、体の鍛え方を考える・など、そんなんわかるかよ?と、思います。そんなことばかり考えると、子育ても楽しくなくなりますね。発達段階は、その子どもが一番の資料です。

また、年少さんクラス・満3才保育ができた背景はご存知でしょうか。
・子どもの数が少なくなってきたため、保育施設の赤字を防ぐ
・核家族のフォロー

3才までは、親子で一緒に遊び、時間を大切にする・という文章が出回る=親子で遊ぶのは3才までで良い
などと勘違いしてしまう。

幼児期は、特に発達の個人差があると思います。特に周りに惑わされないようにしなければいけない時期でもあると思います。一番は、地域全体で子育てしていく・ということですが、現実には中々できてないと思います。


③自由遊びとスポーツについて。

スポーツも色々ありますが、サッカー、野球、体操、スイミングなど、スポーツには、ルールとか、組織とか様々な制約が付きものです。ルール以前に、毎週15~16時とかそういうことも制約です。その間に決められた事をする・ということなんですが、
幼児に、こういった事が必要でしょうか。

ルールが理解できるかということも、必要になってきます。
3才くらいから、遊びがどんどん広がっていくと思いますが、ボールひとつにしても幼児は沢山の遊び方を見つける天才ですね。300円もしないビニールボールってよく売っていると思いますが、かなり重宝しますよね。
投げる、蹴る、玉つき(あんたがたどこさ)転がす
フラフープ・・・本来は腰で回すものですが、、
高いところから転がすのがうちの子どもらのハマりでした。次男は、フラフープの場所まで何歩でいけるか、数えていました。100以上になってくるので、4~5才にはかなり勉強になっていますよね。
また、小学生の長男やその友達は、高い所に投げて回し方によって転がる場所が違う事で遊んでいました。
これも、広い場所がないとできないです。
逆にいえば、広い場所でなくても、周りの大人の許容度があれば、色々遊べるんです。

縄跳び・・・ズボンにはさんで、尻尾にし、追いかけっこになってました。追いかけっこでなくても、ズルズルとついてくる縄跳びを観察しながら走っていました。追いかけっこが一番楽しそうでしたが、これも「陸上」を習わなくても、走ってきなさ~いといわなくても、必然的にかなりの距離を走る事になり、短距離長距離が養われる・ということです。
幼児は運動能力が未分化ということであれば、こんな遊びをしているだけで、全ての運動能力が育っているということ。

こういうのが価値のある事だとわかるのが難しいのかもしれませんが、そういう遊びをしている時の子どもらの夢中になっている顔、義理感のない顔、遊び終えた時の聞き分けの良さが、遊びは子どもの仕事だなと思わせてくれます。

これが、ルールがあるスポーツだとすると、自分で考えて遊ぶ・ということはまずなくなります。
ルールの元で、動くということ。
サッカーもどきもうちはしますが、ルールであってルールでない遊び方をしています。ルールは、子どもが考えます。そこで、片方ばかりが点数が入ってしまうルールなどになれば、私が「そんなん卑怯くさくない?」などと少し介入したりします。
しかし、言わずにどういう展開になるか、試してみる時もあります。卑怯だ・という事がわかった・という時点で、先の予測がついている・ということ。そういう時も、いちいちよくわかったね。などとは言わずに、自然にしています。要は、昔の近所の遊び友達を演じているという事。今は子どもも少ないですし、かといって幼児の集まる施設が健全かといえばそれも難しい状況です。

こういうのが、難しく書かれている、発達段階にあった遊びを提供ということだと、思います。
なので、ヒントはインターネットではなく、子どもそのものなんです。

子どもに色々なスポーツをさせるべきだ・といわれていますが、そんな時間があるなら、自由に遊べる時間に使ったほうが、よっぽど運動能力を鍛える事ができると思います。

硬式野球も、2~3才の子は喜んで真似しますよね。「練習」しなくても、まずは思うままにTVの真似をさせ、実際に打たせれば、自分で試行錯誤してどうやったらバットに当たるのか・考えるようです。
次男なんかはあっという間に野球ブームは終わりました。(投げる・打つは5才以前に終了・習得)

子どもの能力は周りが潰しているのかもしれません。




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01.25
Sat
ずぼらママのお気楽育児学 ADHD 待つ力

こちらから、引用させていただきました。
私がネットを始めた頃(遅っ)に出会ったブログで、長期授乳の方でもあります。うちが長期授乳を決心できたのはずぼらママさんのおかげなんです今では長期授乳の検索結果はずぼら宅かうちが上位にきますよ。多分…
こちらのブログもぜひ読んでみてくださいね
以下から引用です。

「待つ力について、以下青字は湯汲先生のブログの引用です。

多動な子ども達はすぐに手を出し、器具に触ろうとします。これは共通の行動で、こういう姿が見られると AD/HD をまずは疑います。

息子を自治体の相談室に連れていった時に最初に受けたのがこの検査だと思われます。私は同室できませんでしたが、息子の話だと色々な物が机の上に並べてあって、あれを取れとかこれを使えとかの指示が色々あったようです。

当然息子は待てますので、最初のざっくりとした検査で『待てますし、対応もちゃんとできますので、通常の知能検査ではなく別の検査にしましょう。』という、説明している担当者以外誰も理解できないような説明を私は受けたわけです。

当時は右も左もわからずただ舞い上がっていましたので、はいはい、先生のおっしゃることならという感じで流してしまったことを後悔しています。

今ならきっとこう言うわ。

『何の疑いに対して、待てるという判断なのか。どんな対応姿勢を想定していたのかに対してちゃんと対応できたといえるのか。通常の知能検査とはどんな疑いを持つ子供に対する通常の知能検査で、何を測るのか。そして別の検査とは通常何の為の検査で、なぜこの検査が適当だと判断したのか。』

全部聞くと思いますし、本来ここまでの説明があってしかるべきだと思います。
当時検査をした担当者にとっては、流れ作業の一環にすぎなかったでしょうし、ざっくり説明しておけばいいでしょう、という感じだったのかもしれません。

かえすがえすも、あの検査はすべてが時間の無駄でした。


「待つ力」の高まりと学習できる力には、深い関係があります。

そんな検査では待てる息子ですが、なぜなら『やってみたい★』という能動的感情が欠落しているからです。←と私は結論づけています。

例えば、長年通った体操教室では、10人くらいが一つのグループで同じ練習を一緒にしていたんですね。熱心な子は(というか、みんな熱心でしたよ)前の子がどんな風にしているか、どんな注意を受けたかちゃんと聞いています。そして同じ間違いはしない。

振り返ってわが息子。並んでいる時は、隣のレーンにいる『目指せ!オリンピック★選抜育成組』の華やかな宙返りなどをぼんやり眺めていますので(←ここ、集中できない。待てない。の症状)、何回練習しても上達はわずかです。

向上心が無いというより、周囲は努力しているという現実に気づいていないわけです。あげく、『全然上手くなれないからやめたい』と言う始末。これは体操に限らずやること全般にいえます。練習ができないというのは、根性がないというよりも待てないという事なんだと思います。もったいないですよね。


待てないから学べない

さて多動な子の場合はどうでしょうか。「だめ」といっても、動きがなかなか止められません。待てないために順番を守れず、集団での活動ではトラブルにつながったりします。失敗が多いのも、人のやり方をよく見ないでやってしまうからです。



ここも上述の通りです。
今の課題は繰り返しの練習が上達する唯一の方法だということを、なんとか理解させるべく日々格闘しています。


これを解決するには、日常の中ですぐに手を出さずに待つことを教える必要があります。また勝手に何かをやったり使ったりせず、大人に確認を求めるように教えます。」

引用終わり。

赤字の部分が、赤裸々でわかりやすい表現じゃないでしょうか。
検査する機関は、当たり前のことであるけど、保護者の不安な気持ちを理解するという配慮にかけている場合も多々あることと思います。私もそうでした。
しかし、機関ということや、先生と名の付く方の意見に反対したり、意見を言うなんていう勇気もなかったです。
初めて検査を受け、結果を聞く時もあまりわからない・・・という保護者も多いかなと思います。
検査の解釈の仕方は一般には知ることができないようになっているようで、(書籍はたくさんでていますが、かなり難しく書かれているので全ての親御さんが理解する・・・ということはないと思います。)
結果を聞く時に説明を聞く、1時間かもしくは30分程度しかないんです。
正直言いまして、漠然とした子どもの解釈しか、わからないまま帰ることとなるんです。
検査している方は、その気持ちはわからないかもしれませんが、悶々として苦しいことです。

今ではネットの環境がありますから、保護者の方も知識を得ているんです。その上で、請け負う方も、助言をしていかなければいけないと思うんです。
ましてや、こういった障害のお子さんの診断・見立てというのはかなり難しいことだとも、わかっております。
しかし、できるだけ間違ってもいけないんです。
なので検査は変えられないのですが、できるだけ長い間遊びを見たり一緒に過ごす・・・ということをプラスαですることが、誤りを防ぐことができるかなと思います。

また、一度解釈をしても保護者と連携を取りながら本質に向かっていくことですね。幼児期でしたら刻々と変わって行きますし、(変わるといっても、様子を見るだけでしたら困り感があるまま外見だけ大きくなる場合もあることでしょうし、しっかり教育していくことで、困り感も少なくなり、数値までも上がることと別れることでしょう)
就学後も変わっていくことでしょうし、わからないならわからない事もあるということを、素直に言って行かなければならないのでは・・・


先ほどの解釈と、毎日一緒にいる保護者の解釈が食い違っている・・・ということがかなりあるんじゃないかな・・と思います。
検査を行う方だけ、理解したつもりになっていて、保護者はイマイチ・・・ということです。
検査をする方は、保護者にどう伝えるかということも同じくらい重要ですね。

またお子さんがそうであるなら、親御さんもその可能性もないことはない・・と見立てをし、助言をしていけば平行線のまま・・・ということも防げるかもしれません。
(遺伝に関しては世間で言われている通りだと思いますが、全部の親御さんではありません。特徴はありますがネット上ではかけませんのでご了承ください)

私がそうでしたが、医師でなければ診断ができないので、医療機関以外では検査結果を聞くときに、伝える方は、ものすごく漠然と説明をするんです。自閉圏内の人って、「わかりやすい言葉」
でないと、伝わらないんじゃなかったです?
認知・・・という言葉も、専門家からしたらよく出てくる言葉ですが、初めて関わった方だとその言葉すら、わからないかもしれません。

認知です。。。知識です。。。と詰め込みで説明されても、短期記憶が弱かったらあとですっかり抜けてしまいます。
検査の解釈を誰でもわかるようになれば、良いのですが。
そこまで、気を使ってほしいですし、使わなければいけないと思います。
説明するときに、メモをとって良い環境にするとか、もっとわかりやすい報告にするか…ですね。

なのでその時だけでなく、長期的に見ていかなければいけないんです。

私のような素人が・・・とまた怒られるかもしれませんが、教室を運営していて、発達についてのことが、保護者との話し合いに一番時間がかかって居ます。
それも、療育をするところを決めていくのですから、当然ですね。できないところを伸ばすだけでなく、どうして行ったら発達の凸凹が少なくなっていくか・その子の潜在能力を就学までに出し切ることができるか(生きやすくする)…ということを検討するときに、検査結果が重要になってくるのですが、現状ではあまり解釈できず終いになっているんです。

また、とにかく集団に入れることを勧めるところもあるようですが、それだけ100%にしてしまわないで、どうしたら良いのか?ということを、もう少し深く検討するといいと思います。
高機能児の言語は、集団に入れて模倣するだけでは、習得できません。
見かけだけの言語(オウム返しの応用)か、心の底から出ている言語なのかを、見極めないといけないと思います。



療育ブログです♪






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